第五十八話 失われた者たち
◇◇◇
王都に戻ったルシオは、沈痛な面持ちで玉座の前に跪いていた。深く頭を垂れ、声を落として報告する。
「――リュシアン殿下と、アリサ様の行方が分かりません」
広間に、ざわりとざわめきが走る。
「旅の途中、ほんの一瞬……目を離した隙でした」 ルシオは悔恨を滲ませた表情で続けた。
「村を発つ準備をしていた際、お二人の姿が見えなくなり……すぐに村人たちにも協力を仰ぎ、周辺を捜索しました。しかし――」
言葉を切り、首を横に振る。
「痕跡は、一切見つかりませんでした」
「……何だと……?」
沈黙を破ったのは、大神官だった。立ち上がり、怒気を隠そうともせず、ルシオを睨みつける。
「お前がついていながら、どういうことだ!」
「……弁明の余地もありません。すべて、私の責任です」
叱責が、雷のように降り注ぐ。だがルシオは、ただ静かに受け止めていた。
「お二人が姿を消したのは、山深く、入り組んだ地形の村です。急な崖があり、道もろくに整っておりません。獣も多く、地元民でも迷い込むと命を落とすと言われております。村人たちと探すのにも限界がありました。このまま何もできずに手をこまねいて見ているよりも、一刻も早くご報告に上がらねばと思い、こうして馳せ参じました。どうか、大規模な捜索隊を出し、お二人を探し出しては頂けないでしょうか。むろん私もすぐに現地に舞い戻り、捜索を続ける所存です」
切々と訴えるルシオの姿と、二人を案ずる真摯な態度に、さすがの大神官も口を噤む。
やがて、王が重い口を開いた。
「――この件は、極秘事項とする。二人の失踪が公になれば、国内は混乱するだろう。教会も、公爵家も例外ではない」
誰も反論しなかった。そうするしかないと、全員が理解していたからだ。
「捜索は続ける。ただし、水面下で行え。生存の可能性がゼロでない限り、死を口にすることも禁ずる」
こうして―― 二人の失踪は、歴史の表舞台から消された。
◇◇◇
それから、数ヶ月。
リヴィエール公爵邸では、エドガーが今日も執務室の窓辺に立ち、手元の懐中時計を、何度も、何度も確かめていた。
「……今日も、異常無しでございます」
誰にともなく呟く。
主のいない冷たい部屋。それでも、時計を止めることは無かった。必ず帰る。それだけを信じて。
◇◇◇
一方、王宮では。
「殿下は、いつお戻りになるのです?」 「あまりに遅い」「まさか、何か隠しているのでは?」
貴族たちの追及を、宰相は涼しい顔で受け流していた。
「巡礼の旅は予定より長引くものです」 「若き殿下には、学ぶべきことも多い」
にこやかに、だが一切の隙を見せず。問いをかわし、噂を抑え、場を収める。
それが、宰相の役目だった。
◇◇◇
王都・リヴィエール教会。
人々が祈りを捧げる聖堂の、さらに地下。水源地の上に築かれたこの教会には、古い地下神殿が存在する。
その最奥。
湿った空気の中、水面が――黒く揺れていた。
かつて清浄だったはずの水は、ゆっくりと、確実に淀みを増している。水の上で、闇が脈打つ。
まるで――胎動のように。
「……順調だ」
誰もいないはずの空間で、低く呟く声。
闇は応えるように、静かに蠢いた。
誰も知らない。失われた二人の裏側で――
新たな深い闇が、王都の真下で育ちつつあることを。




