第五十七話 一筋の光明
◇◇◇
闇を振り切るようにして、二人は洞窟の脇道へと身を滑り込ませた。
岩陰に身を隠した瞬間、背後から迫っていた気配が、嘘のように遠ざかる。
「……ここまで、来れば……」
リュシアンは剣を支えに息を整えた。アリサをそっと下ろし、周囲を警戒する。洞窟の奥はしんと静まり返っていた。水の滴る音だけが、かすかに響く。
「……アリサ、大丈夫か?」
「ええ……少し、頭が重いけど……」
そう言って、アリサはゆっくりと立ち上がる。
視線は、洞窟の壁を伝って流れる細い水脈へと向いていた。
「……この水……」
アリサは膝をつき、慎重に手を伸ばす。
「待て、危険だ――」
「大丈夫。……少し、確かめたいことがあるの」
水に指先が触れた瞬間、アリサの表情が変わった。
「やっぱり……」
「何か分かったのか?」
「この水、透明に見えるけど、水の中に闇が混ざってるの」
透明なはずの水の奥で、かすかな闇が蠢いているのを感じた。闇の精霊の欠片――神殿から流れ出た穢れが、水に混じって水源から村へと向かったのだろう。
「……浄化できるか?」
リュシアンの問いに、アリサは一瞬だけ迷い、それから小さく頷いた。
「……やってみる」
アリサは水に両手を浸し、意識を集中させる。 冷たい水の流れの奥に、ヘドロのように絡みつく闇。
「……っ」
胸の奥が、ざわりと粟立つ。それでも、逃げなかった。闇を拒むのではなく、水だけを呼び戻す。
次の瞬間――
水面が、わずかに揺れた。透明な流れが一筋、闇から剥がれ落ちる。だが――水と分かたれた闇は、粘つく影となってその場に留まっていた。消えることも、薄れることもない。
「駄目だわ。闇を、消せない…」
悔しそうにアリサが呟いた、そのとき。
「――俺にもやらせてくれ」
リュシアンが、隣に膝をついた。
「リュシアン……?」
「光は闇を打ち消す。だとしたら……」
彼は静かに手を伸ばし、アリサの手の上に重ねた。
次の瞬間――
光と水が、重なり合う。
アリサの水の力に、リュシアンの力が流れ込むと分離された闇が、悲鳴のような振動を起こし――
ふっと、消えた。
「……消えた……?」
「……いや、浄化されたんだ」
洞窟の水は、静かに澄みきっていた。さきほどまで感じていた違和感が、完全に消えている。
「……分かった」
アリサは、確信を込めて言った。
「闇は、水と混ざったままじゃ消せないけど、まず分けて……それから、二人で力を流せば……完全に消し去ることができる」
「……俺たち二人で、か」
リュシアンは小さく笑った。
「一人じゃ足りない。でも、二人なら――届く」
アリサも、静かに頷く。
二人は、言葉を交わさず、視線だけで通じ合った。恐怖は消えていない。闇も、まだ終わってはいない。
それでも――一筋の光明が見えた。
◇◇◇
一方――王宮に、一通の報せがもたらされた。
「水源地調査に向かった、リュシアン殿下とアリサ殿が消息不明、だと?」
宰相の声が低く響く。宮廷に、不穏なざわめきが走った。
誰も知らない。彼らが、闇の核心へと踏み込んだことを。
そして――この失踪が、さらなる混乱の始まりになることを。




