第五十三話 揺らぐ加護
◇◇◇
巡礼の旅は、驚くほど順調に進んでいた。
行く先々の村で、ルシオは同じように足を止め、教会の司祭と語らい、村人一人ひとりの話に耳を傾けていた。
「ありがとう、神官様」 「あなたのおかげで、心が救われました」
そんな言葉が、どの村でも自然とこぼれる。 ルシオはただ穏やかな笑みを浮かべて頷くだけだった。
「神は、すぐそばで人を見守っておられますよ」
その姿は、教会の司祭たちの目にも、村人たちの目にも、理想的な神官そのものに映っていた。
一方――。
リュシアンとアリサは、人知れず井戸へと向かっていた。夜明け前や、人々の目が他に向いている時間を選び、井戸の縁にそっと手を添える。
アリサが静かに目を閉じて祈ると、水の精霊の気配が広がる。澱んでいた水は、ゆっくりと澄み、清らかな流れを取り戻していく。
「……これで大丈夫」
「疲れていないか?あまり無理はするなよ?」
リュシアンの心配する声に、アリサは小さく微笑みを返す。疲れていない訳では無い。けれど、誰かの役に立てている自分が誇らしかった。
翌朝、「水が戻った!」 「井戸の水が、前よりも澄んでいるぞ!」
村人たちは歓声を上げ、口々に奇跡だと騒ぎ立てる。その光景を、アリサとリュシアンは少し離れた場所から、静かに見守っていた。
次の村も。その次の村も。
同じように水は戻り、村は救われ、旅は順調に進んでいる――そう、誰もが思っていた。
だが、ある日の夕刻。急ぎの報せが一行にもたらされた。ルシオが真っ青な顔で報告する。
「最初に立ち寄った村の井戸で……水に異変が起きたそうです」
「異変?」
リュシアンが眉をひそめた。
「水が淀み、飲めなくなったと……」
一瞬の沈黙。アリサの胸に、嫌な予感が走った。
「……戻りましょう」
最初の村に到着すると、そこには不安と苛立ちに満ちた空気が漂っていた。井戸を覗き込む村人たちの顔には、焦りと怒りが浮かんでいる。
「これは、一体……」
アリサは小さく息を呑んだ。
井戸に満ちている水はどこか重く、濁り、精霊の気配が歪んでいる。
アリサは井戸の縁に手を置き、浄化の力を注いだ。光が広がり、水面が一瞬だけ澄む。
――けれど。
「……だめ。戻らないわ……」
もう一度。さらに強く、慎重に。
それでも、水はすぐに濁りを取り戻してしまう。
「どうしてだ……?」
リュシアンが低く呟く。
周囲では、村人たちの不満が次第に声となって溢れ始めていた。
「どうして急に濁ったんだ」 「毒でも入ってるんじゃ……」 「これなら前のほうがマシだった……」
そのとき、静かに水面を見つめていたルシオが呟いた。
「……もしかして、水源地に何かあるのではありませんか」
「水の加護を受ける場所が、根本から汚されていれば……井戸だけを浄化しても、追いつかないかもしれません」
ルシオの言葉に、アリサははっとして顔を上げる。
「水源地……湖ですね」
こうして一行は、村の奥、森のさらに向こうにある水源地の湖へと向かうことになった。
「絶対に、原因を突き止めてやるわ……」




