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公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜  作者: しましまにゃんこ


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第五十二話 巡礼の道行き(二)


◇◇◇


 アリサ達一行が最初に訪れたのは、小川の名残のような水路が集落を巡る、静かな村だった。

 村の中央には古い井戸があり、その脇に小さなリヴィエール教の教会が建っている。石造りの壁は風雨に晒され、ところどころ欠けていた。


 突然村にやってきた神殿の馬車を、遠巻きに見守る村人たち。しかし、ルシオが馬車から降りると、わっと歓声が上がった。

「ルシオ様だ!」

「ルシオ様いらっしゃい!」

口々に挨拶をしてくる村人たち。ルシオは一人一人にこやかに話し掛ける。


「やぁベン。膝の調子はどう?」

「キャサリン、お孫さんは元気にしてる?」

「ライラかい!驚いた!お母さんになったんだね」


「ルシオ様はこの村の人をよくご存知なんですね」

村人との距離の近さに驚くアリサ。

「ええ。この村は私の最初の赴任地だったんです。みな、家族のようなものですよ」

 穏やかな声でそう言って、彼は自然に子どもたちの輪の中に入る。

 木の枝を剣に見立てて振り回していた少年に目を留めると、膝を折って視線を合わせた。


「剣の持ち方がいいな。誰に教わったんだい?」 「お父さん!」

「そうか。私にも教えてくれないか?」

「いいよ〜!こうだよ!」 

「凄いな!こうかい?」

 子どもたちもすぐに懐き、ルシオの袖を引いては話しかけていた。


「凄いわ。ルシオ様は大人気ね」

アリサは子どもたちと鬼ごっこを始めたルシオをみて、ひとしきり感心していた。

(大神官様は威厳がある優しいお方だけど、ルシオ様は誰もが親しみやすい雰囲気を持っている。枢機卿と言う高い地位にありながら、少しも偉ぶった所がないのは、なかなか出来ることではないわ。私も見習わなきゃ)

貴族学園で散々貴族の傲慢さを見てきたアリサにとって、分け隔てなく庶民と共に過ごすルシオの姿は意外であり、嬉しい誤算であった。


ひとしきり子どもたちと遊んだルシオが、木陰で休憩をしているときを見計らい、アリサはそっと冷たい水を差し出した。


「ああ、これはお気遣いありがとうございます。実は喉がカラカラで」

「ふふ。子どもたち、容赦がありませんものね。リュシアン様なんて、あちらでずっと騎士ごっこをさせられていますよ。案外楽しそうですけど。ルシオ様は皆さんからこれほど慕われていて……正直羨ましいです。私は子どもの頃から一人でいることが多かったので、人との付き合い方が良く分からなくて……」

 一瞬、彼は言葉に詰まり、困ったように笑った。 「そんなことは……。私には、これくらいしかできませんから」


 そして、少しだけ声を落とす。

「私は侯爵家の次男でして。代々、軍人を出してきた家です。本当なら、剣を取る立場でした。ですが、魔力が少なくて。軍人には向かないと判断されました。なりたくて神官になったのでは無いのです。神官になるしか、道が無かった」

 どこか自嘲を含んだ告白。

 

「ですが、神殿に入ってから思ったのです。力がなくても、人の話を聞くことはできる。寄り添うことは、できるのだと」

 アリサは小さく頷いた 。

「……そうだったんですね。沢山の葛藤を乗り越えられたからこそ、今のルシオ様があるのですね。尊敬します。私も、ずっと価値の無い存在だと言われ続けてきました。だからこそ、誰かの役に立てる人間になりたいと、思うのかもしれません……」

 その言葉に、ルシオはわずかに目を見開き、すぐに視線を逸らした。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんも神官様なの?」

駆け寄ってきた小さな少女がアリサの手を引いた。

「ごめんね、私は違うの」

「じゃあ、あっちのお兄ちゃんが神官様?」

「うーん、あのお兄さんも違うのよ」

「じゃあ、何しに来たの?お兄ちゃんが聞いてこいって」

「あ!こら馬鹿!言うなよ!」


子どもたちはアリサとリュシアンが何者なのか気になるようで、先ほどからチラチラとこちらの様子を伺っていた。


「この方たちは……」

言いかけたルシオを、シッと唇に指を当てて止めると、目配せをするアリサ。

「お兄さんとお姉さんは、ルシオ様のお友達なの。ルシオ様のお供として村の人達のお手伝いに来たのよ。あっちのお兄さんは騎士で、お姉さんは魔法使いよ」


「凄い!魔法使いなの?どんな魔法が使えるの?」

魔法使いと聞いて、目を輝かせる少女。この国で魔法を使うことができるのはほんの一部の上位貴族のみ。平民の中から魔法使いが生まれるのは、本当に稀な……奇跡と言っていいほどの確率だった。


「魔法、見てみたい?」

「うん!」

「いいよ。じゃあ目をつぶってくれる?」

「わかった!」

少女がぎゅっと両目を閉じる。

「いいわよ」

少女が目を開けると、水で出来た蝶がひらひらと目の前を飛びたった。

「すごいすごーーーい!」

少女は飛んでいく蝶を追いかけていく。

ルシオはその光景を目を細めて見守っていた。


 その後、三人は村の井戸へと向かった。

 覗き込んで見ると、水位は低く、底の石が露わになっている。

「これは……想像以上にまずい状態だな」

リュシアンが呟くと、井戸まで案内してくれた村長が肩を落とした。

「ええ。ここ数日で一気に水位が落ちています。この先どうなるか不安で……」

「アリサ、頼めるか?」

リュシアンの言葉に力強く頷くアリサ。


 アリサが指を組んで祈ると、澄んだ水音が井戸の奥から響き、冷たい水が溢れ出す。

「……おお……!」 「奇跡だ……!」

 歓声が上がり、村人たちの視線が一斉に集まる。

 さきほどまでルシオを囲んでいた子どもたちも、我先にと井戸へと駆け寄った。


 その少し後ろで、ルシオは光に照らされた水面を、静かに見つめていた。

「本当に……こうして本物の奇跡を目の当たりにすると、感動してしまいますよね……」

 どれほど人に寄り添っても。どれほど努力を重ねても。祝福という名の理不尽な力の前では、すべてが霞んでしまう。ルシオはその事実を、誰よりもよく知っていた。


 やがて村を後にする一行を、村人たちは笑顔で見送った。手を振るルシオの表情は、変わらず穏やかだったが、その胸の奥に沈む無力感だけが、静かに、確かに残っていた。

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