第五十話 闇の胎動
◇◇◇
とある地下神殿。かつて清らかな水が満ちていたその場所は、今、不気味なほど静まり返っていた。
天井から垂れる石柱の影が揺れ、澱んだ空気が肌にまとわりつく。その中心に、黒衣の男たちが集っていた。
「……あと一歩のところで」
「忌々しい小娘が……!」
低く、苛立ちを孕んだ声と吐き捨てるような呟きが、闇に溶ける。
ざわり、と不穏な空気が波打ったそのときだった。
「――静かに」
落ち着いた声が響くと、その場のざわめきが嘘のように収まる。黒衣の男たちは一斉に祭壇へと視線を向けた。
男は静かに歩み出ると、男たちを見回し、次に神殿の奥にある、黒く濁った水をたたえる泉に視線を移す。水面の中心では、まるで胎動するかのように、闇が脈打っていた。
男は静かに語りかける。
「我らは、長年待っていた。力なき我らを救い、導く存在を。選ばれなかった者、顧みられなかった者、踏みにじられてきた者すべてに――平等に力を与えたもう、いと尊き神を」
闇が、わずかに震えた。
「我らの神は、決して裏切らない。恐怖も、憎しみも、絶望も……すべてを力へと変えてくださる。神の復活は近い……」
その言葉に、信徒たちの喉から熱を帯びた息が漏れる。
「おお……」 「ついに……」
恍惚とした表情が、次々と浮かび上がる。
だが、男はそこで言葉を切り、ゆっくりと振り返った。
その声音が、わずかに低くなる。
「神の完全なる復活には、贄が必要だ。純粋で、巨大な力が」
信徒たちの視線が、一斉に男へと集まる。
「アリサ・リヴィエール」
その名を口にした瞬間、神殿の空気が淀む。
「水の精霊に選ばれし女。王家とリヴィエール家に守られ、祝福を独占する存在」
嫉妬。憎悪。恐れ。
黒衣の男たちの胸に渦巻く感情が、闇へと吸い寄せられていく。
「……あの女を、我らが神へ捧げるのだ」
闇が、応えるように大きく脈打った。
水面が歪み、黒い波紋が神殿全体へと広がっていく。
「我らが神に、最上の贄を!!!」
闇は、確かに目覚めつつあった。




