表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜  作者: しましまにゃんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/60

第四十九話 覚悟と約束の庭で


◇◇◇


 リヴィエール公爵家の朝は、忙しい。

 当主執務室の机には、今日も山のように書類が積まれていた。領地の水利報告、予算案、使用人の再編成案、そして――神殿から届いた形式ばった書簡。

「……問題があるとは思ってたけど。想像以上だったわ」

 アリサは息を整え、軽やかにペンを走らせる。  

「これは早急に手配してちょうだい」

「ああ、使用人の採用についてはエドガーに一任するわ」 

 迷いのない決断力で、次々に仕事をこなすアリサ。

「さすがです、お嬢様!いえ、当主様!」

 張り切った声を上げたのは、執事のエドガーだ。 アリサが当主の座に収まってから、待ってましたと言わんばかりに次々と改革案を提示してくる。


「使用人は能力重視で再配置しました。古いしがらみは一掃しましょう」

「そうね。新しい使用人も、家柄よりも本人の能力と人柄重視で選んでちょうだい。私の采配に不満のある者は解雇して構わないわ」

「かしこまりました」

 情に流されない判断。その冷静さに、エドガーは内心で何度も頷いていた。公爵家は新しい当主の元、活気に満ちている。

 だが――  ひとつだけ、どうしても解けない謎があった。

(あの呪具のネックレス……)

 マリアの手に渡った経路が不明のままだった。本物をアリサが持っているため、ただのイミテーションとして、作らせたのだと思っていた。誰が、いつ、何の目的であの呪具をマリアに渡したのか。公爵家の内部の人間か、それとも神殿か。

(あの時闇は真っ直ぐに玉座に向かった。真の狙いは公爵家ではないのかもしれない。リヴィエール公爵家を利用して、王家を狙う存在がいるとしたら……)

 アリサはそれを、胸の奥に刻み込む。だが、恐れはなかった。

(どんな敵が来ようと――私が守ってみせるわ)

 リヴィエール公爵家の正統なる当主として。


 そのとき、控えめなノックの音が響いた。

「エドガー、お通しして」


「忙しそうだな」

 扉を開けて入ってきたのは、リュシアンだった。リュシアンは学園を卒業してからも、忙しい合間を縫ってたびたび公爵邸を訪れており、今ではすっかり一緒にお茶を楽しむ仲になった。

「ちょうど休憩にしようと思っていたところですわ。ご一緒に、お茶でもいかがですか?……少し、気になることもございますし」


◇◇◇ 


 庭のガゼボには、柔らかな陽光が降り注いでいた。白磁のカップから立ち上る湯気が、ゆっくりと揺れる。


「なるほど。私の方でも調査しておこう。過去に発見された呪具についても、所有者を洗い出す必要があるな。最悪、公爵家以外にも、似たような呪具が出回っているかもしれない。……問題は山積みだな」  

 リュシアンが難しい顔で呟いた。

「ええ」

 アリサは頷き、少しだけ口角を上げた。

「腕が鳴りますわね?」

 アリサの言葉にリュシアンは破顔する。 

「ハハハ、君は本当に頼もしいな」

 そして、目を細めた。

「だが、一人で抱え込まないこと。困ったことがあれば何でも相談してくれ。君の力になりたい」

「ありがとうございます、殿下」

「……リュシアンと呼んでくれるはずでは?」

 アリサは一瞬、視線を逸らした。 

「ふふ。なんだか照れくさくて……それに、お互いもう学生ではありませんもの。不敬ですわ」


 短い沈黙の後、リュシアンが口を開く。

「……旅に出ると聞いた」

「エドガーったら」

 アリサは苦笑する。

「今すぐではありませんわ。けれど、この国には、水の足りていない地域がまだ沢山ございます。王都から加護を与えるだけでは、辺境の村には届きませんの」

「いつ、出発するんだ?」

「できるだけ早い時期に。一日でも早く、水を届けたいのです」

「そうか……」 

 リュシアンは、静かに決意を宿した声で言った。 「私も共に行く」

「えっ!?」  

 アリサは目を見開いた。

「何を仰ってるんですか!王太子殿下が城を空けるなんて、とんでもない!」

「陛下は健在だし、城には有能な者が揃っている。私一人ぐらいいなくなっても、どうということはない」

「そんなわけないでしょう!」

 珍しく感情を露わにするアリサに、リュシアンは一歩近づく。

「君に……また何かあったらと思うと、怖いんだ」

 そのあまりに真剣な声に、思わずアリサも言い淀む。

「殿下……」

「もう、あんな思いは二度としたくない」

 沈黙。そして――

 リュシアンは、ゆっくりと片膝をついた。

「アリサ・リヴィエール」

 真剣な声。

「私と結婚してくれないか?」

「……ええっ!?」

 アリサは真っ赤になって立ち上がる。

「む、無理です! 絶対に無理!」

「……そんなに嫌われていたとは思わなかった……」

「ち、違います! 嫌いじゃありません!」

「では、好きではないと?」

「それは……すき、ですけど……」

 消え入りそうな声。

「アリサ! 愛してる!」

 勢い余って抱きつくリュシアン。

「きゃーーー!!」

「す、すまない! つい……」

「今日はもうお帰りください! 仕事が残ってますから!」

「では、また明日来よう」

「明日はだめです!」

「……照れているのか?」

「知りません!」

 顔を真っ赤にして去っていくアリサ。その後を追うリュシアン。


 ガゼボの陰で、白猫と黒猫は揃って欠伸をした。

 ――まだ世界には闇が残っている。だが、二人はもう、ひとりではない。


 水は流れ、光は寄り添う。未来へと続く道は、確かにそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ