第四十八話 水の加護を戴く者
◇◇◇
貴族学園の大広間は、夜の光に満ちていた。
天井から下がる無数の魔導灯が星空のように瞬き、磨き上げられた床には色とりどりのドレスと礼装が映り込む。
卒業パーティー。
それは学び舎を巣立つ者たちの門出を祝う、華やかで、そして少しだけ切ない夜。
ざわめきの中心に、やがて静かな波紋が走った。
「……来たわ」 「嘘でしょう……本当に?」
視線が一斉に、入口へと向けられる。
扉をくぐって現れたのは、リュシアンだった。
王太子としての正装に身を包み、その足取りは揺るぎない。
そして――彼の隣に立つ少女の存在に、空気が変わった。
淡い水色のドレス。飾り気は少ないが、光を受けて揺れる布地は、まるで水面のように静かに輝いている。
アリサ・リヴィエール。
彼女の一歩ごとに、ざわめきが小さくなる。
ささやき声が、次々と意味を失っていく。
――水の加護を持つ者。
――リヴィエール公爵家正統当主。
――王家が正式に認めた存在。
リュシアンが、アリサの手を取った。
応えるようにふわりと微笑むアリサ。
黒猫が、二人の足元を軽やかに横切る。
人目を気にする様子もなく、悠然と尾を揺らして。
「……あれが」 「リヴィエール家の聖獣……?」
気づく者は少ない。
だが、精霊の気配に敏感な者たちは、確かに感じ取っていた。
――祝福が、そこにある。
リュシアンが一歩前へ出ると、大広間に静寂が落ちた。
「皆に紹介しよう」
穏やかな、しかしはっきりとした声。
「アリサ・リヴィエール。水の精霊の加護を受けし者にして、リヴィエール公爵家の正統な当主だ」
一瞬の沈黙。そして――どよめき。
しかし、否定も、嘲笑もない。あるのは、理解と、畏敬。そして納得だった。
アリサは一歩前に出て、静かにカーテシーをする。公爵家当主に相応しい、凛として、静かな佇まいに、生徒達も自然と背筋を正す。
「本日は、卒業という節目の日に、皆さんとこうして共に過ごせることを嬉しく思います」
穏やかで、よく通る声。
「私はこれから、リヴィエールの名を背負い、この国と共にあることを選びました」
彼女はもう知っている。水の加護を得た者の、果たすべき役割を。これから先の生き方を、アリサは心に決めていた。
視線を上げた先で、リュシアンと目が合った。
ほんの一瞬、言葉のいらない時間。
やがて音楽が再開され、夜は再び動き出す。
誰もが感じていた。新しい時代の幕開けを。
黒猫が静かに目を細める。
水は流れ、光は導く。
世界は、確かに前へ進んでいた。




