第四十七話 裁きの後、静かな世界
◇◇◇
謁見の間から人が去り、重い扉が閉じられると、王宮は嘘のように静まり返った。
先ほどまで渦巻いていた緊張と恐怖の気配は消え、残されたのは、澄んだ空気と淡い光だけだった。
玉座の前に残っているのは、国王オーギュスト、王太子リュシアン、大神官サルヴァトール、宰相ヴィクトール、そして数名の側近のみ。
アリサもまた、黒猫を足元に従え、少し離れた位置に立っていた。
「……終わったな」
オーギュストが、独り言のように呟く。
大神官サルヴァトールが一歩前に出た。
「当面の脅威は去ったと考えて良いでしょう。しかし、存在が完全に消え去ったわけではありません」
慎重に言葉を続ける。
「あれは、闇の精霊――正確には、堕ちた精霊の欠片です」
その言葉に、宰相が息を呑む。
「精霊、ですか……」
「人の混乱、嫉妬、憎しみ、恐怖。そうした感情に長く寄生し、囁き続けることで力を得る存在。人の闇を餌に、年月をかけて“精霊”としての形を得たもの」
サルヴァトールは視線を伏せる。
「マリア嬢が持っていたペンダントは、呪具でした。あれが、闇を留め、育てる器となっていたのでしょう」
リュシアンは、わずかに歯を食いしばった。 「……私の不覚です。これほど近くにありながら、気づけなかったとは」
だが、国王は首を横に振る。
「あれは、長い時間をかけ、人から人に渡り育てられたもの。この国に燻る闇そのもの。誰か一人が責任を負えるようなものではない。新たな闇はこれからも生まれ続けるだろう。だが、当面の脅威は去った」
その視線が、アリサへと向けられる。
「……よくぞ、終わらせた」
アリサは一瞬、驚いたように目を瞬かせ、それから静かに頭を下げた。
「恐れ多いことです」
オーギュストは、ほんのわずかに口元を緩める。 「アリサ・リヴィエール。改めて告げる。そなたを、リヴィエール公爵家正統当主として認める」
重みのある言葉が、静かに落ちる。
「次代と共に、この国を頼むぞ」
「……ご期待に添えるよう、精一杯勤めます」
アリサは、まっすぐに応えた。
リュシアンはアリサの横顔を見つめた。
これからは守るべき存在ではない。
共に責任を負う者なのだ、と。
やがて、執行官から報告が入る。エドモン卿、セシリア、マリアはそれぞれ厳重に収監されたこと。裁定は後日、正式に下されること。すべてが、淡々と処理されていく。
謁見の間を出るとき、リュシアンはアリサに声をかけた。
「……君が来てくれて助かった」
短い言葉だったが、そこに込められたものは重い。アリサは首を振る。
「私も、殿下には助けられてばかりです」
それだけ言って、小さく微笑んだ。
黒猫が、二人の足元をするりと通り抜け、尻尾を揺らす。まるで、もう心配はいらないと告げるかのように。
王宮の回廊には、穏やかな光が差し込んでいた。
嵐は去り、世界は静かに息を整えている。
だが、それは終わりではない。
新しい時代の、始まりだった。




