第四十六話 光は斬り、水は包む
◇◇◇
闇は、意思を持つかのように蠢いていた。
玉座へと一直線に伸びるそれを前に、謁見の間は凍りつく。
「──陛下っ!」
宰相ヴィクトールが叫ぶより早く、リュシアンが踏み出した。
手に現れたのは、王家に伝わる光の聖剣。眩い光が刃を縁取り、闇を拒絶する。
一閃。
光は闇を断ち、悲鳴のような気配を散らす。
だが――。
視線の先で、マリアとセシリアに絡みつく闇は、なおも消えず、二人の身体に深く食い込んでいた。
斬れば、終わる。
闇だけでなく、命ごと。
リュシアンの剣先が、わずかに揺れる。
その時だった。
「お願い、力を貸して」
少女の声が響いた。空気が、静かに変わる。
騒然としていた謁見の間に、澄んだ気配が流れ込んだ。誰よりも先に、光の聖獣が気づき、耳をぴんと立てる。
開かれた扉の向こう――
そこに立っていたのは、アリサだった。
傍らには、黒く小さな猫。
アリサは黒猫と共に一歩、前へ出る。
その瞬間、床に淡い水の紋様が広がった。
猫が軽く前足をつくと、それに呼応するように、水が湧き上がる。
水はマリアとセシリアの身体を、闇ごとゆっくりと包み込んだ。抱きしめるように、隔てるように。
闇は、水に触れた途端、形を失っていく。
溶けるように、消えていく闇。
重苦しかった気配が消え、
謁見の間に、清浄な空気が満ちた。
「……これが水の加護の力……」
誰かが、呟く。
闇を失った二人は、力なく崩れ落ちた。
呼吸はあるが、完全に意識を失っている。慌てて執行官たちが二人を拘束する。
玉座の上から、国王オーギュストが静かにその光景を見下ろしていた。
「見事だ」
短い称賛。
アリサは一歩下がり、静かにカーテシーで応えた。猫もまた、その隣で小さく尻尾を揺らす。
「連れていけ」
国王の命により、執行官たちが動く。
マリアとセシリア、そしてエドモン卿は拘束されたまま、謁見の間を後にした。
アリサは、その後ろ姿を、ただ黙って見送った。
怒りも悲しみもない。
あるのは、ただ、終わったという静かな実感だけ。
光の剣を収めたリュシアンが、ゆっくりと息を吐く。
王家の光。公爵家の水。
斬る力と、包む力。
どちらが欠けても、この国は成り立たない。
玉座の上で、オーギュストは小さく笑った。
(……次の時代は、悪くない)
謁見の間に差し込む光は、先ほどよりも、わずかに柔らかくなっていた。




