第四十五話 裁かれる偽りの家
◇◇◇
王宮・謁見の間は、柔らかな昼の光に満ちていた。
高い天井、磨かれた床、左右に並ぶ柱。そのすべてが、この国の長い歴史と秩序を厳かに象徴するものだ。
その玉座にはルミエール国王オーギュストが座し、その一段下、右手には王太子リュシアンと、彼の足元に佇む光の聖獣。
左にはリヴィエール教会 大神官サルヴァトールとその側近たち、宰相ヴィクトール・ド・ラザン。王宮執行官長ガイウス・ヴァルフォードが控えていた。
重い扉が開かれ、拘束された三人が連行されてくる。前を歩くのは、かつてリヴィエール公爵代理と呼ばれた男――エドモン・リヴィエール。
その背はひどく丸まり、視線は床に落ちたまま、一度も上がらない。
続く女――セシリア夫人は、無表情を貫いていた。縛られた手首にも、連れて来られた状況にも、何の感情も浮かべてはいない。
最後に、娘のマリアが入室したが、状況を理解できていないのか、顔色は青く、視線は忙しなく揺れていた。
「――始めよ」
国王オーギュストの短い一言で、王宮執行官長ガイウスが一歩前に出た。
「エドモン・リヴィエール。あなたは、公爵家を預かる立場でありながら、正統な後継者であるアリサ・リヴィエールの失踪を隠蔽。偽の後継者を立て、王家を欺いた。さらに正統な後継者が帰還後も保身を優先し、正そうとはしなかった。これは王家に対する重大な背信行為となる」
重い沈黙。だが、それは否定の沈黙ではなかった。エドモン卿は、ゆっくりと首を垂れたまま、小さく頷いた。
「……否定は、いたしません」
その声は、驚くほど力がなかった。
ガイウスは淡々と続ける。
「セシリア・リヴィエール。あなたは、エリシア・リヴィエールの死後、リヴィエール公爵家の正統な後継者であるアリサ・リヴィエールの誘拐を企て、その身分を奪い孤児として孤児院へと送致。正統な後継者を排除した上で、自身の娘を後継者として、立て、公爵家乗っ取りを画策。さらに今回、再びアリサ嬢を誘拐し、殺害を企てた。公爵家乗っ取りに加え、二度に渡る誘拐と殺人未遂の罪に問われている」
その瞬間、セシリアはふっと口角を上げた。
「……何のことでしょう。全く、身に覚えがありませんわ」
冷ややかな声。まるで、取るに足らない戯言を聞かされているかのように。
だが、ガイウスは視線を落とさず、最後の罪状へ進む。
「マリア嬢。あなたはリヴィエール公爵家の正統なる後継者であるアリサ・リヴィエールから不当にその身分を奪い、自身を公爵家の後継者として偽ったことについては、成り代わったのが本人に判断能力のない幼少期であり、現在まで秘匿されていたことを配慮して、直接の罪には問われない」
その言葉に、マリアの表情が固まる。
「偽りの後継者、わたくしが……あの子が、正統な後継者……」
突然の事実を受け入れることができずに、ただただ呆然とするマリア。
しかし、ガイウスの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「しかし、公爵邸のパーティーにおいて、王太子リュシアン殿下の飲み物に強力な媚薬を混入。結果、殿下は魔力暴走を起こしかけ、命の危険および、力の暴走によって王都を危険な状況に晒す危機的状況に陥った。これは王家に対する謀反、ならびに王太子殺害未遂、引いては国家反逆罪に該当する」
そのあまりの罪の重さに、謁見の間の空気が、凍りついた。
「……え?」
マリアの唇が、かすかに震える。
「そんな……私が……?」
マリアはガイウス執務官の言葉を、全く理解できていなかった。その横で、リュシアンは静かに目を伏せた。
――その時、マリアは初めて知ったのだ。
自分の行為が、どれほどの危険を孕んでいたのかを。
「嘘……うそよ……」
青ざめた顔で、小さく首を振るマリア。
「私が偽物……? 殿下を、危険にさらした……? だって、そんな……危険なものだなんて、ひと言も……」
王座からオーギュストが静かに問いかける。
「――誰から渡された?」
マリアは、はっとして顔を上げる。
そして、縋るようにセシリアを見た。
「お母様! 一体どういうことなの!? わたくし、こんなことになるなんて……!」
必死の叫び。
だが、返ってきたのは、氷のような声だった。
「黙りなさい」
セシリアは、マリアに視線すら向けずに言い放つ。
「わたくしは、そんなもの知りませんわ」
マリアの顔から、血の気が引いた。
その瞬間を待っていたかのように、ガイウス執務官が前へ出る。
「むろん、単なる憶測ではなく、全ての証拠は揃っている」
拘束された数名の男たちが連れてこられる。
セシリアに雇われ、誘拐や薬の手配を行った者たち。媚薬を購入したメイド。
さらに。
「こちらは、公爵家の財産を不正に流用した記録」
提出された帳簿は、執事エドガーの署名付きだった。
「横領によって得た資金で、これらの犯行が行われたことは明白だ」
オーギュストの低い声が響く。
「――証拠ならまだあるぞ? どう言い逃れするつもりだ?」
その瞬間。
「くっ……!」
セシリアの表情が、歪んだ。
「あんな小娘一人、どうだっていいでしょう!」
叫ぶように言い放つ。
「すべてはリヴィエール公爵家を守るため!あの娘は危険なのよ!あんな化け物じみた力を持った存在、高貴な家に相応しくない!」
その瞬間、謁見の間に怒気が満ちる。
「黙れ!!」
オーギュストの声が、雷のように響いた。
「王家も、リヴィエール公爵家も、共に精霊に愛された一族だ。聖獣に選ばれ、精霊の祝福を受けて初めて、民を、引いては国を守る力を得るのだ」
厳しい眼差しが、セシリアを射抜く。
「正しき者にのみ、与えられし力。それを理解できぬ者が、貴族を名乗る資格はない」
そして、冷酷に告げた。
「追って、それぞれに相応しい刑を言い渡す。連れていけ」
執行官たちが動き出す。
――その時だった。
「……あ……あは……」
床に崩れたままのマリアが、ぶつぶつと呟き始める。
「おかしい……こんなはずじゃ……」
次の瞬間。マリアが狂ったように暴れ出した。
同時に、リュシアンの足元にいた聖獣が、床を強く蹴る。
トン、と乾いた音。白い聖獣が跳び、マリアの胸元に下がるネックレスを咥え――引きちぎった。
砕ける音。ネックレスから、黒い靄が溢れ出す。
「な……っ!?」
謁見の間が、一気に騒然となった。
闇が、蠢いている。
空気が歪み、光が鈍る。
そして闇は、一直線に王座へと迫る!
「──陛下っ!」




