第四十四話 王都に還る水の娘
◇◇◇
王都の門が見えたとき、胸の奥が静かに震えた。
――帰ってきた。私の在るべき場所へ。
王太子リュシアンの隣を歩きながら、私は自分の足が確かに前へ進んでいることを何度も確かめた。
怖くないと言えば嘘になる。けれど、不思議と心は澄んでいた。
(もう、迷わない)
王宮に入ると、すぐに国王陛下への謁見が整えられた。広間に差し込む光は高く、厳かで――逃げ場はない。
「アリサ・リヴィエール、入場を許可する」
名を呼ばれ、一歩前に出る。
玉座に座す国王陛下は、老いてなお鋭い眼差しで、私を見据えていた。
「顔を上げなさい」
私はゆっくりと顔を上げ、はっきりと告げた。
「――私は、アリサ・リヴィエール。エリシア・リヴィエールの娘です。リヴィエール公爵家の、正統な後継者として、ここに参りました」
広間が、静まり返る。その沈黙を破ったのは、隣に立つリュシアンだった。
「陛下。こちらを」
彼が差し出したのは、あのペンダント。
母が遺し、彼が大切に預かってくれていたもの。
「アリサ。受け取ってくれ」
私は両手でそれを受け取った。ひび割れ、色を失った石――けれど、不思議と懐かしい温もりがある。そっと目を閉じ、水の精霊に呼びかける。
(……お願い。力を貸して)
次の瞬間。淡い光が、私の手の中から溢れ出した。ひび割れていた石は、ゆっくりと形を変え、澄み切った水色の輝きを放つ、美しい宝石へと変わっていく。
「……水の加護だ。それも、ここまでとは……」
誰かが、息を呑む声が聞こえた。
国王陛下は深く目を細め、頷いた。
「疑いようがないな」
陛下は側近に目配せし、命じる。
「提出されていた書類を」
運ばれてきたのは、一通の古い書状。
私の母が、王宮に正式に提出していた――出生届だった。
「ここに記されているのは、毛髪による血縁の証明です」
事務官が進み出て、淡々と報告する。
「提出されていたエリシア閣下の嫡子の毛髪と、現在のアリサ・リヴィエール様の毛髪による魔力検査は、完全に一致。親子関係に、疑義は一切ありません」
重く、確かな沈黙。
国王陛下は玉座から立ち上がり、宣言した。
「後継者を偽り、王家を謀った罪は重い。
――危うく、この国は水の加護を失うところだった」
その声に、私は静かに息をのむ。
「彼女を害そうとした者には、それ相応の罰を与えねばならぬ。エドモン卿、ならびにその夫人を、ただちに捕らえよ」
命令が下される音は、乾いて、冷たかった。
そして、国王陛下の視線が、再び私に向けられる。
「アリサ・リヴィエール。リヴィエール公爵家の正統な後継者として、異論はないな?」
私は、一瞬だけ目を閉じた。
父。
継母。
かつて家族だった人たち。
(……それでも)
私は顔を上げ、まっすぐに答えた。
「――異論は、ありません」
奪われたものを取り戻す覚悟は、すでに、できている。
アリサ・リヴィエール。私はついに、その名を取り戻したのだから。




