第四十三話 消したはずの娘
◇◇◇
リヴィエール公爵家の屋敷は、異様なほど静まり返っていた。
王都からの通達により、屋敷は事実上の封鎖状態に置かれている。出入りは厳しく制限され、使用人たちの足取りも重い。かつて誇りと華やぎに満ちていたはずの公爵家は、今や外界から切り離された、閉ざされた箱のようだった。
「……苛々するわね」
セシリアはそう吐き捨てた。扇を強く閉じ、苛立ちを隠そうともしない。視線を向けた先には、落ち着きなく部屋を歩き回る少女がいた。
「いつまでこうしてなきゃいけないの。もうすぐ卒業パーティーなのに。全然準備ができないじゃない!」
金切り声を上げるマリアに、セシリアは一瞬だけ眉をひそめる。
「落ち着きなさい、マリア。ドレスも靴もこの前注文したでしょう」
「でも!このままじゃパーティーに出られないかもしれないじゃない……パートナーなのに、殿下からも何の連絡もないし。体はすっかり回復したのでしょう?なぜ、あの養女が行方不明になったってだけで、公爵家がこんな扱いを受けなきゃならないのよ。納得できないわ!」
その言葉に、セシリアの胸の奥で、ひやりとしたものが走った。
(アリサ……本当に、忌々しい娘だわ……)
公爵代理である夫、エドモン卿は、部屋の隅で、重い沈黙を保ったまま座り込んでいる。
かつての威厳は失われ、今はただ、すべてを諦めたように虚ろな目で床を見つめていた。
「マリアの言う通り、いつまでこうしてないといけないのかしら。このままではおかしくなってしまうわ。あなたの方から王宮に働きかけることはできないの?」
継母の苛立った声にも、彼は反応しない。
(……役立たず)
心の中で吐き捨てた、その時だった。
控えめなノックと共に、一人の男が部屋へと入ってきた。密かに王家の動きを探らせていた配下の者だ。
「報告がございます、奥様」
その声に、継母はすぐさま立ち上がった。
「言いなさい」
「――」
一拍、男は言葉を選ぶように間を置いた。
「海沿いの漁村で、アリサ様を無事保護したと連絡が入りました。王太子殿下ご自身が、現地へ向かわれたので、間違い無いかと」
頭の中が、真っ白になる。
(……そんな、馬鹿な)
扇を握る指に、力がこもった。
(始末したはずだった。事故として、誰にも疑われない形で……)
――あの娘は崖から海に落ちたはず。
(なのに……生きていた?化け物がっ)
あの娘の加護の力がこれほど強いものだったとは。完全に誤算だった。王太子が直接保護に出向いたとなれば、すでにアリサの力は王家の認めるものだと言うこと。
「……さらに。その場にはリヴィエール教会の大神官も居合わせたそうです」
(大神官!あの無礼な年寄りがっ!まずいわ、私があの娘を、消そうとしたことが、明るみに出たら……)
王家と教会が動いた今、公爵家が守ってくれる保証などどこにもない。
ましてや、夫はすでに抜け殻だ。
セシリアの胸に、焦りが、恐怖が、黒い渦となって広がっていく。
「……逃げられない」
思わず漏れた呟きに、マリアが不安そうに振り向いた。
「お母様……?」
その声に、セシリアははっとして表情を取り繕う。
「大丈夫よ。心配いらないわ」
自分自身に言い聞かせるように。
(いいえ……まだよ。まだ、取り返せる。あの娘を上手く丸め込めば……)
彼女はまだ知らない。
自分が「消したはずの娘」が、すでに王家と教会という、最も強大な後ろ盾を得ていることを。
そして――。
奪われたものを、必ず取り戻すと誓った少女は、すでに覚悟を決めていることを。




