表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜  作者: しましまにゃんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/60

第四十話 王宮に届いた噂

 

 ◇◇◇


 王宮文書室は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。

 分厚い石壁に囲まれた部屋。高い天井。長机の上には、各地から届けられた報告書が山のように積まれている。


 それらを一枚ずつ確認していた男――文官マルセル・ド・ヴィエールは、ふと手を止めた。

「……海沿いの漁村、井戸の水量回復……?」

 内容自体は珍しくない。雨、地層の変化、地下水脈の移動。そうした理由で、枯れかけた井戸が回復する例は過去にもあった。


 だが。

 マルセルは眉をひそめ、続きを読み進める。

「水質、極めて良好。魔力反応、微弱ながら確認……住民の証言によれば、発生は突発的」

 報告書の末尾には、補足の紙が綴じられていた。別の文官による追記だ。

「近隣の複数の村でも、同様の水量回復が確認されている。共通点は、同一地域内での発生」


 彼は、ゆっくりと椅子にもたれかかった。

 ――妙だ。

 単発ではない。しかも、魔力反応。

 自然現象と片付けるには、条件が揃いすぎている。

「……噂、か」

 小さく呟き、机の端に置かれた別の書類に手を伸ばす。

 それは、民間伝承・宗教的動向をまとめた報告だった。

「“水の加護を与える少女を見た”……“井戸のそばで淡い光が残っていた”……」

 そこまで読んで、マルセルは静かに息を吸った。

 最後の一文。

「一部住民の間で、“リヴィエールの女神の再来”との呼称が使われ始めている」


 その名は、この国において特別な意味を持つ。

 リヴィエール家。水の精霊に愛されし血統。

 国中に水の恵みをもたらしたとされる、始まりの少女の末裔。

 かつて――

 水に乏しい土地だったこの国が、今の豊かさを得たのは、その存在あってこそだと語られてきた。


 マルセルは立ち上がり、文書室の奥へ向かう。

 そこには、王宮が保管する古い記録が眠っている。

「……あった」

 埃を払って取り出したのは、数百年前の記録書。

 ――水の精霊に愛されし少女、生誕。

 ――その願いにより、国中に水の加護が行き渡る。

 ――以降、その血統を保護し、国の礎とする。

 ページを捲るごとに、記述は変化していく。

 加護の安定化。

 儀式化。

 当主による継承。

 そして――。

「……“初代ほどの力は、以降確認されず”」

 静かな一文。

 マルセルは本を閉じた。


 長い年月。

 人々の願いが薄れ、恐れが混じり、敬意が形骸化していく中で、加護は少しずつ弱まっていった。

 それでも、人々は信じてきた。

 リヴィエール家がある限り、水は失われないと。

「……もし、だが」

 もし今、この国のどこかで。

 かつての初代と同じように、

 “困っている人々を目の前にして、ただ水を願った者”が現れたとしたら。

 その加護は――。


 マルセルは報告書をまとめ、封蝋を施した。

 宛先は、王宮上層部。

 そして、その先にいる人物の名が、自然と脳裏に浮かぶ。

「……王太子殿下に、上げるべき案件だな」

 これは、奇跡の噂ではない。

 宗教の話でも、民間信仰でもない。

 国の根幹に関わる事象だ。

 机の上に置かれた書類の束。その一番上には、こう記されていた。

 ――水の加護、再活性の可能性について


 王宮は、まだ知らない。

 その噂の中心にいる少女が、

 今この瞬間も、潮風の中で洗濯物を干していることを。


 だが。

 噂は、すでに机に乗った。

 そして一度、王宮の机に乗ったものは――

 決して、静かには終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ