第四話 王太子は疑念を抱く
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貴族学園で初めて婚約者と顔を合わせた日のことを、リュシアンはよく覚えている。
マリア・リヴィエール。
公爵家の嫡女に相応しい、華やかな容姿を持つ少女。整えられた金髪、よく笑う唇。社交界で称賛される理由も、理解はできた。
――だが、それだけだ。
彼女の言葉の端々には、常に棘があった。身分の低い者に向けられる、露骨な嘲り。自分の血筋や美貌を、無意識のうちに誇示する癖。
「あなたには分からないでしょう?」 「平民には身の程というものがありますのよ」
そんな言葉を、悪びれもせず口にするのを目の当たりにするたび、胸の奥に冷たいものが積もっていった。
王太子として、感情で人を判断してはならない。そう自分に言い聞かせても、辟易とする気持ちは抑えきれなかった。
特に、公爵家の養女、アリサ・リヴィエールに対する態度は、目に余るものがあった。
人前での叱責。必要以上に厳しい言葉。ときには、王太子であるリュシアンの目の前でさえ、露骨な敵意を隠そうとしない。
(なぜ、そこまで彼女を虐げるのか。それに、リヴィエール家はなぜわざわざ嫡子と同年代の養女を迎えたんだ?)
疑問は、自然と湧いた。公爵家には嫡出の娘がいる。それにも関わらず、わざわざ孤児院から子どもを引き取り、養女として育てる理由があるのか。慈善にしては、扱いがあまりにも歪だ。
そして――その答えの一端に触れたのが、あの日だった。噴水の前で初めて、はっきりと見たアリサの顔。伏せられていた髪が光を受け、微妙に色を変えた瞬間、リュシアンは息を呑んだ。
黒に見えて、黒ではない。深い、深い青。
光の角度によって、わずかに青を帯びるその色は――
(……水の精霊に愛されし者の証)
大いなる水の祝福を受けたと伝えられている初代リヴィエール公爵も、光によって深い青に見える珍しい色を持っていたと記録に残っている。たまたま引き取った孤児の少女が、リヴィエール公爵と同じ色を持っていた?偶然だと片付けるには、無理があった。
「……調べる必要があるな」
リュシアンは、誰もいない執務室で小さく呟いた。これまで感じていた違和感が、一本の線として繋がり始めている。
嫡子と養女。光と影のような、リヴィエール家の二人の令嬢。
机の上に置かれた書類の隅で、白い猫が静かに尻尾を揺らす。金色の瞳が、リュシアンを見上げていた。
「リヴィエール公爵家には、隠された何かがある」
リュシアンは静かに立ち上がった。




