表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜  作者: しましまにゃんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/59

第二十八話 沈黙という罪


◇◇◇


 夜の書斎は、音がなかった。蝋燭の炎が揺れるたび、壁に落ちる影だけがわずかに動く。その静けさが、かえって胸をざわつかせる。


 王家の調査が始まった。表向き、穏やかで、礼儀正しいものだが、私は知っている。沈黙の裏で、すべては既に洗い出されつつあるのだと。


 机に両肘をつき、指を組む。否定したい記憶ほど、鮮明に蘇るものだ。


 ――あの日も、こんなふうに静かだった。

 乳母やメイドとともに一足先に領地に向かったアリサの馬車が、途中行方不明になったと知らされたとき、私の頭に最初に浮かんだのは父としての怒りや焦燥ではなかった。


 絶望にも似た焦りと恐怖。正統な後継者が消えた。生死さえも分からない。それが意味するものを、私は誰よりも理解していたからだ。


 王家への報告、責任の追及、そして公爵代理としての立場。すべてを失うどころか、断罪される恐れすらある。


「どうしましょう!いったい誰があの子を……ああ!私が奥様と同じように領地で育てようなんて言わなかったら!こんなことになるなんて……」


 セシリアは私以上に取り乱し涙を流していた。心を込めて仕えていた主のたった一人遺された娘。裏切ってしまった主への罪滅ぼしとして、恩返しとして、大切に育てるのだと言っていた彼女の言葉を、私は信じていた。

 

 涙を流す彼女を抱きしめながら、一刻も早くアリサを探すために動き出そうとした。

「すぐに調査隊を出す。馬車が消えた道を虱潰しに探すんだ。きっと、すぐに見つかる」


 しかし、私のその言葉に、彼女は辛そうに肩を落とした。


「でも……それでは旦那様のお立場がどうなるか……万が一、万が一あの子に何かあった場合を考えると……辛いけれど、今は、あまり騒ぎ立てないほうがいいのかもしれません」


 目に涙を溜めながら、私の身の安全を切々と訴える彼女の言葉に心が揺れた。

 

「アリサを攫ったのは盗賊かもしれませんし、乳母の裏切りという可能性もございます。ですが、大事になれば……あなたの落ち度として問われかねませんわ」

 反論できなかった。

 彼女の言葉は、あまりにも現実的だったから。

「わたくしが、秘密裏に探します。公にせず、慎重に。ですから、どうかご安心を」

 私は、頷いた。

 その頷きが何を意味するか、分かっていなかったわけではない。

 ――公に探さない、という選択。

 彼女に任せることで、私は自分の手を汚さずに済ませた。父として動くべき責任を、保身のために放棄したのだ。

 そして、彼女はこう続けた。


「アリサの不在を外部の者に悟られてはなりませんわ。公爵家の立場も、あなたの立場も脅かします。取り敢えず私たちの娘を、あの子の身代わりに据えるのはどうでしょう?幸い同じ年齢ですし、使用人たちも全て入れ替えてしまえば、誰にも気づかれませんわ」


 その瞬間、言葉を失った。

 否定すべきだった。叱責すべきだった。そんなことは許されないと、はっきり言うべきだった。

 だが、私は何も言わなかった。沈黙した。ただ、それだけだ。


 その沈黙を、彼女は肯定として受け取った。否、肯定だったのだろう。私自身が、そう望んでいたのだから。アリサがいなくても、マリアがいれば、形は整う。そう考えた自分を、私は否定しきれない。


 長すぎる月日が流れ、マリアが公爵家の嫡子として人々に認識されたあと、ようやくアリサは戻ってきた。けれど、いまさらもとに戻すには、あまりにも、遅すぎた。


 そして今、マリアが犯したかもしれない罪と、すべてが一本の線で繋がっている。

 私は、誰も殺していない。誰かに手を下したこともない。だが――一番守らなければならない存在を、守らなかった。

 見ないふりをし、聞かないふりをし、道を正すことを選ばなかった。それが、どれほどの罪を生むのかを、理解しないふりをした。


 蝋燭の炎が、ふっと揺れる。その小さな光の中で、私はようやく思い知る。

 沈黙は、無罪ではない。沈黙は、最も卑怯な選択だ。王家の裁きが下るだろう。だが、真に裁かれるべきは――あの時、何も言わなかった私自身だ。


 その罪から、もう逃げることはできない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 あ~、なるほど。  うまく抱き込まれちゃいましたねぇ。  お家乗っ取りまっしぐらですわ(^^)  バレたら死刑ね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ