第二十二話 わたしを見て
◇◇◇
祝福の言葉は、波のように途切れなかった。
「お誕生日おめでとうございます、マリア様」
「なんてお美しい……まさに公爵令嬢の鑑ですわ」
微笑んで、頷いて、感謝を返す。
完璧に――そう、完璧に振る舞っているはずだった。
鏡に映る私は、誰よりも華やかだ。重ねた宝石、仕立て直したドレス、丁寧に結い上げた髪。
十八歳の成人を祝うにふさわしい、主役の姿。
(なのに……)
胸の奥が、ざらついている。
王太子殿下――リュシアン・ルミエール。その姿を見つけた瞬間、心臓が高鳴った。深呼吸をして、一歩前へ。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
精一杯の微笑みでそう告げると、殿下は、穏やかに頷いた。
「誕生日、おめでとう。素晴らしい夜だ」
それだけ。
声は丁寧で、非の打ちどころもない。
けれど――どこか、遠い。
(……どうして?)
私を見ているのに、見ていない。まるで、心が別の場所にあるみたい。その理由を考えるより早く、ざわめきが広間を走った。
視線が、一斉に動く。
――入口。
現れたのは、アリサ・リヴィエールだった。
一瞬、息が詰まった。
清楚で、それでいて目を奪う装い。光を纏うような佇まい。周囲の空気が、彼女を中心に塗り替えられていく。
(……どうして、あの子が)
さっきまで、私に向けられていたはずの視線。賞賛も、好奇も――すべて、あっさりと奪われていく。
そして。
リュシアン殿下が、微笑みながらアリサに近づいた。
「よく似合っている」
その声は、さっき私に向けられたものより、ずっと柔らかく聞こえた。
――ぎゅっ。
指先に力が入る。手袋の内側で、爪が食い込むのが分かった。
(どうして……どうして、あの子ばかり)
胸の奥が、じくじくと熱を持つ。理解できない。納得できない。
平民の孤児。
突然、力を得ただけの存在。
それなのに――
(殿下に、何をしたの?)
おかしい。こんなの、間違っている。
そのときだった。
――心配でしょう?
――もし、あの子の力が暴走したら……?
声が、落ちてくる。
誰のもの?母の声?それとも、私自身?
――貴女は、正しいことを考えているだけよ
――国を想っているだけ
胸元に、冷たい感触。ドレスの内側。小さな小瓶。指先が、無意識にそれを探っていた。
(……こんなもの……)
――このままでいいの?
祝宴の音楽が、遠くなる。笑顔も、光も、歪んで見えた。ただ一つ、はっきりしているのは。
(……このままじゃ、嫌)
主役の座を奪われるのも。
殿下の視線が、あの子に向くのも。
マリアは、小瓶を強く握りしめた。その冷たさが、やけに現実的だった。
心の奥で、何かが静かに、音を立ててひび割れていくのを――
マリアは、確かに感じていた。




