第十一話 水の精霊の祝福
◇◇◇
早朝の光が校庭を淡く照らす中、アリサは噴水のそばで黒猫を抱き、静かに呼吸を整えていた。胸の奥のざわつきが、内なる声のように囁く。
(……何かに、呼ばれている気がする)
黒猫は胸元にすり寄り、金色の瞳で見つめる。
アリサはゆっくりと息を吐き、手を水に差し出した。噴水の水面が揺れ、空気がひんやりと震える。
次の瞬間、アリサの体を眩い光が包んだ。黒髪が深青に輝き、瞳は湖面のように揺れる。肩から翼のように柔らかな光が溢れ、美しい女性の姿へと形作っていく。——それは、紛れもなく、リヴィエール家で選ばれた者にのみ顕れる、水の精霊だった。
水の精霊はアリサの両肩に触れ、そっと祝福を与える。黒猫はその様子をただじっと見守っていた。
「……精霊の祝福……」
声がわずかに震える。願っていたこと。信じていたこと。でも、現実として受け止めると、その責任の重さに胸が押し潰されそうになる。それでも心の奥には、確かな覚悟が芽生えていた。
噴水の水が虹色に輝き、アリサの力は周囲に微かな風を生み、花々の葉を震わせた。
アリサは微かに笑う。
(戦う力は手に入れた……もう、我慢しない。これからよ。全てが、これから始まるんだわ)
そのとき、白猫を探していたリュシアンが噴水の近くを通りがかった。
黒猫を抱き、肩を震わせるアリサの姿を見て、またマリアの仕業かと慌てて近寄ろうとする。だがすぐに足を止めた。
胸に届くのは、キラキラと光る魔力の残響と、澄んだ水の香り——。
少し距離を置き、静かにアリサを見つめる。
「……精霊の祝福を感じる」
ぽつりと呟く声には、疑惑が確信へと変わる重みがあった。アリサは言葉を返さず、じっと彼の瞳を見つめる。目が合うと、心臓がほんの少し跳ねた。
「……力を得て、怖くはないか?俺は、怖かった」
人の身には余るほど強大な力を持つことの意味。それは、あまりにも重い責任を伴うものでもある。
「責任は感じています……でも、怖くはありません」
この力はきっと、自分自身の存在を示すものだから。きっと、使いこなしてみせる。アリサの言葉に決意が滲む。
「君は、強いな」
リュシアンが微笑むと、アリサも微かに笑みを返す。
(殿下は私を、認めてくれるのね……)




