第十一話 水の精霊の祝福
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早朝の光が校庭を淡く照らす中、アリサは噴水のそばで黒猫を抱き、静かに呼吸を整えていた。肩の奥に微かな熱。胸の奥のざわつきが、内なる声のように囁く。
(……何かに、呼ばれている気がする)
黒猫は胸元にすり寄り、金色の瞳で見つめる。まるで「行け」と言っているかのようだった。
アリサはゆっくりと息を吐き、手を広げる。噴水の水面が揺れ、空気がひんやりと震えた。
次の瞬間、アリサの体を眩い光が包む。黒髪が深青に輝き、瞳は湖面のように揺れる。肩から翼のように柔らかな光が溢れ、美しい女性の姿へ形作っていく。——それは、紛れもなく、リヴィエール家の血筋で選ばれた者にのみ顕れる水の精霊だった。
水の精霊はアリサの両肩に触れ、そっと祝福を与えた。黒猫はその様子をただじっと見守っていた。
「……私が、選ばれたのね」
声がわずかに震える。願っていたこと。信じていたこと。でも、現実として受け止めると、その責任の重さに胸が押し潰されそうになる。それでも心の奥には、確かな覚悟が芽生えていた。
噴水の水が虹色に輝き、アリサの力は周囲に微かな風を生み、花々の葉を震わせた。
いつの間に来たのか。白い猫も、静かに黒猫を見つめていた。二匹の猫は互いを確認するように尾を揺らす。
アリサは微かに笑う。精霊は姿を消したが、肩の奥の熱が確かな力を伝えていた。
(……もう、我慢しない。これからよ。全てが、これから始まるんだわ)
そのとき、突然消えた白猫を探していたリュシアンが噴水の近くを通りがかった。
黒猫を抱き、肩を震わせるアリサの姿を見て、一瞬マリアの仕業かと慌てて近寄ろうとする。だがすぐに足を止めた。
胸に届くのは、キラキラと光る魔力の残響と、澄んだ水の香り——。
少し距離を置き、静かにアリサを見つめる。
「……精霊の祝福を感じる」
ぽつりと呟く声には、疑惑が確信へと変わる重みがあった。アリサは言葉を返さず、じっと彼の瞳を見つめる。目が合うと、心臓がほんの少し跳ねた。
「力を得て、怖くはないか?俺は、怖かった」
人の身には余るほど、強大な力を持つことの意味。それは、あまりにも重い責任を伴うものでもある。
「責任は感じています……でも、怖くはありません」
この力はきっと、自分自身の存在を示すものだから。きっと、使いこなしてみせる。アリサの言葉にに決意が滲む。
「君は、強いな」
リュシアンが微笑むと、アリサも微かに笑みを返す。胸の奥が温かくなるのを感じながら、彼女は思わず手を軽く猫に添えた。
(……殿下は、わたくしをただの養女としてじゃなく、認めてくれている……)
二匹の霊獣は目を合わせ、互いの存在を認め合うかのように尾を揺らす。やがて、黒猫と白猫は静かに体をすり合わせた。まるで、二人の間に芽生えた小さな“絆”を祝福するかのように。
アリサとリュシアンの間に、校庭の静けさを破らない、柔らかく、確かな空気が流れた。
リュシアンは軽く微笑み、少しだけ前に歩み出す。手を差し伸べるほどではないが、その距離の近さだけで、アリサは胸が高鳴った。




