5 グラッジルームへの掬い
ここは冥界。
魔王・ディスは回想する。
感慨に耽る。
……ンフフフ!
あの日の出来事……。
何度思い出しても血が躍るわぁ!
ギギギイィ…………、
錆びついた鉄の扉が開く。
冥界の霊界の端っこに吹き溜まりが存在する。
ドロリ……、
淀んだ空気が充満している。
そこは。
『怨恨部屋』呼ばれている。
グラッジルームには。
無数の檻が点在する。
冤罪被害者。
暗殺謀殺被害者。
非業の死を遂げた者など……。
歴史的不条理に晒された被害者が幽閉されている。
牢獄には『地縛霊』が閉じ込められている。
まさにそれは。
無念と蟠りの塊だ。
彼ら(彼女ら)は知っている。
権威者の一存によって捻じ曲げられた『史実隠蔽』の真実を……。
それゆえ。
裸にされ、口枷をされ、眼球をくり抜かれて。
グラッジルームに封印されていた。
プツンッ……!
グラッジルームに破裂音が響いた。
積もりに積もった憤懣、怨念、隠忍……。
地縛霊たちの積年の怨恨が激烈爆発した。
彼らは悍ましい悪霊と化した……。
……シュッ!
魔導師・シップから転瞬メッセージが届いた。
【ディスよ、
未來王より言伝である。
『悪霊と化した思念体を制止させよ!
元の場所に転送せよ!』
……以上だ。頼むぞっ】
ディスは笑う。
「ンフフフ!
トレジャンの頼みなの?
それならしかたないわね!
りょーかいっ」
ディスは小さく呪文を唱える。
くるり、
左手の人差し指を回した。
……ピタリ!
ディスの幻妖魔術によって思念体は停止した。
一斉に。
元の場所・グラッジルームに戻された。
……ストンッ!
未來王と魔導師4人衆。
グラッジルームに降り立った。
「ディス、遅くなって申し訳ありません。
お待たせしました」
「トレジャン!
来てくれたのねっ」
未來王は頭を下げる。
「おかげさまで……。
最悪の事態は回避できました」
「ンフフ……、
お役に立てて嬉しいわ」
シップは感慨に浸る。
「ようやく時が来たなあ」
クロスは息を吐く。
「長かったなァ?」
ゲイルは二度、頷く。
イレーズは不敵に笑った。
未來王は穏やかに微笑む。
ディスに寄り添う二頭の幻妖霊獣の頭を撫でた。
シュポッ……、
未來王は停止している思念体の群れに火を放った。
ゴオオオォォ…………!
囂々《ごうごう》と炎があがる。
積年の怨恨が激しく渦を巻く。
噴出した火炎は天界まで届いていた。
バタッ!
バタバタバタバタ………
天の上から『何か』が降り堕ちてきた。
それは心が穢れた『天人天衆』だった。
傲慢不遜と化した『神々』だった。
神界の失格者が。
グラッジルームの面々と共に。
火中に投じられたのだ。
ピョン!
未來王は燃え盛る火炎の中に飛び込んだ。
魔導師四人衆と魔王・ディスは謳う。
おお愛の神よ、
おんみの奥津城より出でよ!
おそろしい火中から、
おんみの燃える肉体をよみがえらせよ!
死すべきもの、
すべてを死なしめよ!
そして、
不滅の瞑想の姿をもって現れ出でよ!
未熟なるもの、
粗野なるもの、
浅薄なるもの。
すべてを焼き尽くし、
永遠に新しく生まれ出でよ!
おお姿なきもの、
おんみの死から目覚めよ!
そして勇者の姿となって、
ふたたびよみがえれ!
おお姿なきもの、
おんみの死から目覚めよ!
そして勇者の姿となって、
ふたたびよみがえれ!
死の神シヴァが、
おんみを焼き殺した。
その死からおんみの不死を奪い返せ!
おお姿なきもの、
おんみの死から目覚めよ!
そして勇者の姿となって、
ふたたびよみがえれ……!
(詩聖・ラビンドラナートタゴール)
ザザザ……ッ!
天空から巨大不死鳥が飛来した。
フェニックスは赫赫と燃え盛る炎に飛び込んだ。
ピッカァ……ッ!
眩い金の光が放出される。
フェニックスの背に乗った未來王が火中から飛び出てきた。
そのまま空上静止した。
王の周囲には無数の御霊が浮遊している。
未來王は礼を言う。
「ディス、あなたが。
思念体を物質として残していてくれたからこそ。
再生がありました。
永きに渡って霊界地獄での防護……、
ありがとうございました」
「ンフフ、
どーいたしまして!
ほかならぬトレジャンのためですもの」
ディスは問う。
「ねえ?
この浮遊御霊……、
これからどうなるの?」
「善御霊に変換して。
黄泉界に転送します。
そしてすぐに。
新たな人生がスタートします」
「ワァオ!
じゃあ即座に?
リーインカーネイションってこと?」
「そうです。
前世が不遇だったぶん。
次では満ち足りることを願います。
密かに署名を記しておきました」
「ンフフ……、
才能を付与したのね?
それじゃあ来世は……、
『大幸運者』確定ねッ」
「善御霊はピーナッツのような形をしています。
ですから今後は。
彼らを『ピーナッツ』と呼称しましょう」
「ンフッ、ピーナッツ……、
カワイイ!
これでようやく歴史的冤罪被害者たちが報われるのね?
ピーナッツは来世で花開くのね?」
「ハハ、そういうことです。
とはいえ。
生まれ変わった先で調子に乗って、
再び霊界地獄に戻って来なければ良いのですが……」
「ンフフフ……、トレジャンったらっ!
じゃあもしも戻ってきたら、
六千億倍処罰を与えてあげるわ!
あたしに任せてね?」
魔導師四人衆は右手の人差し指を立てる。
くるり、
時計回りにまわす。
タルパに魔法をかける。
パアアアァッ……!
タルパは白銀の光に包まれた。
浮遊する御霊は善御霊に変換された。
シュウウゥゥッ……!
ピーナッツは黄泉界へと吸い込まれて消えた。
そして順次。
地球の何処に生まれ出づる。
未來王は目を閉じる。
魔王、四人衆は祈る。
輪廻転生後の活躍を。
霊界地獄に堕ちる『愚かな類型』にならぬことを……。
魔導師四人衆とディスは跪く。
親愛なる未來王の足元に。
恭しく跪拝した。
※この続きは。
未來王シリーズ・その2。
未來王のジャッジメント。
トレジャンが大学に進学してからとなります。
それまで、しばし休止……




