片刃剣の女
千を超える男たちが群れる中、たった一人、女がいた。彼女は踊るように敵を殺していく。
暫し前、広大な野原は戦場と化した。一方は八百の兵を備え、もう一方は三百。多勢に無勢だが、少数派は退くことができなかった。ここが最終防衛線。これより先に押し込まれれば王都が危うい。よって立ち向かうしかなかった。
あちこちで金属のぶつかる音が鳴り響き、鮮やかな血が流れ出る。男たちは多くが筋骨隆々で、重厚な鎧を身につけている。手にしているのは、大きく太く重い両刃剣。両手に力を込めて振ると、相手を鎧ごと叩き斬れる代物だ。
そんな男たちとは異なり、女は一切の防具を纏うことなく、鞘すらも携えていない。持っているのは、あまりにも細い剣一本のみ。一見すると、なんとも頼りない剣だ。しかも僅かに湾曲していて、刃は片側にしかない。そんな弱々しい武器を構えている者は他にいない。
男たちが振るっている両刃剣を龍だとするならば、女の片刃剣は蛇にしか思えない。しかし、その蛇がどの龍よりも躍動していた。周りにいる男たちをどんどんと斬り捨てて、血の雨を降らせていた。
「な、なんだ、この女!?」
「化物か!?」
女から距離を取りつつ、取り囲んでいる男たちが驚きの声を発した。すると女は美しい顔に下卑た笑みを浮かべる。
「はぁ? なにを言ってる?」
吐き捨てるように言い放った女の笑みが醜悪なモノへと変わり、その目には蔑みが宿る。
「アタシが化物なんじゃねぇ。オマエらが馬鹿者なんだ」
「・・・馬鹿者、だと?」
一人の男が唾を飲んだ。女はその男に向き直り、
「そんなデカい鎧を着て、重い剣を持って、それじゃあマトモに動けないだろ」
更には手にしている片刃剣を見せつける。
「それに比べてアタシが持ってるのはコイツだけ。どっちが有利か、一目瞭然だろうが」
確かに女の動きは素早い。とはいえ、一撃でも食らえば致命傷だ。そんな戦い方をする者はまずいない。気が触れているとしか思えない。それに持っている武器は随分と貧相だ。簡単に折れてしまいそうなくらいに。
しかし女の剣は折れることなく、何人もの男たちを鎧ごと斬り捨てていた。まるで紙を裂くように易々と。
「コイツは遥か東方の島国で【刀】って言われてる片刃剣だ。達人が使えばコイツと同じ材質の物でも容易く斬れるんだとよ」
女は片刃剣を高く掲げ、誇らしげに見せつけた。
「しかもコイツは特別製。特殊な金属でできてるらしい。つまり───」
女は素早く横っ跳び。瞬時に一人の男に近寄り、斬り捨てる。
「コイツの前ではオマエらの鎧なんて意味がねぇ」
吹き出る返り血を浴びながら、女はニヤリと笑った。その後、片刃剣は更に五十人以上の血を啜る。それにより、形勢は逆転。侵攻してきた敵部隊は撤退し、追撃戦へと移った。しかし女はそれには参加しなかった。逃げ惑う相手を追いかけるのは面倒臭い。
「うむ、よくやった。流石は我が国随一の剣士だ」
本陣にて、部隊長を務めている将軍が女を讃えた。しかし、その言葉は彼女に響かない。
「次はどこで戦うんだ?」
女は将軍に預けておいた鞘を受け取りつつ、訊ねた。彼女は無類の決闘好き。これまで国内で数多の戦いを繰り返し、最強の呼び名を得ていた。そうして此度の戦に招かれた。
「いや、暫く戦いはないだろう。敵は今回の敗北を受け、慎重になる筈だ」
「はぁ? たった一回の戦いのためにアタシを呼んだのか?」
片刃剣を鞘に収めた女は不満そうな表情を浮かべ、周りを見渡す。
「おい、誰でもいい。今からアタシと勝負する奴はいないか?」
しかし返事はない。誰も彼もが女から目を背け、関わらないようにしている。
「チッ! こんだけ居て、一人も居ないのかよ・・・。仕方ねぇな。おいオッサン、アタシと勝負しろ」
女が指名したのは将軍だ。
「なっ!? 待て待て! ワシは剣術に疎い!」
彼の役目は兵を指揮することであり、剣術は素人と大差ない。よって大いに慌てた。その様子に女は、
「じゃあ、オマエ」
と将軍の護衛に視線を向けた。護衛を務めるくらいなのだから、それなりの腕前に違いないと。
「無理無理、絶対無理だ! まだ死にたくない!」
「は? この戦いに命懸けで臨んでたんじゃねぇのかよ?」
「そ、それはそうだが! 戦いは終わっただろう! 私闘に命を懸けるつもりなんてないぞ!」
「はぁ・・・。なんだよ、つまらねぇ・・・」
女は溜息交じりに肩を落とした。そうして、ぽつりと呟く。
「どっかの国が攻めてこねぇかなぁ・・・」
将軍は、それは勘弁して欲しいと願うのであった。