第七話 黒い棒
パチン。
乾いた音が空間に響き渡る。
音を聞いたジーク、アルバートはより一層に警戒を強めると、グラウディーの正面に黒い煙のような物が渦を描くように一点に集中していく。それはどんどん大きくなり、後ろに立つグラウディーが見えなくなるほどの大きな球体に育っていく。
「ワオォーーーーン!!!」
犬や狼が出す独特の雄叫びと共に黒い球体は四散して、中から馬と同じ――いや、それよりも大きい犬が姿を現した。
尖った両耳、赤く光る目、顔や背中は真っ黒な体毛に覆われているが、足は茶色の毛並みをした特徴を持つ、ジャーマンシェパードという分類の犬種そのものだった。
「アリス、目の前の奴は食べていい。……だが、左の奴は構うな」
グラウディーの言葉を理解したのか、目の前のアルバートに向かって飛んだ。
棍棒のような右前足がアルバートに捉え、振り下ろされた。
頭上に落ちてくる前足から逃れるため、アルバートは大きく後方へとジャンプし、犬の踏みつけから回避する。
アルバートが数秒前にいた床はへし折れ、小さなクレーターができていた。
犬も逃すまいと、アルバートへ飛ぶ。
口を大きく開け、一本一本が小型のナイフかのような牙をさらけ出した。
教会の外へと着地したアルバートは、前から迫る犬の牙を防ぐため、左手を広げて突き出した。
氷塊。
そう呼ぶに相応しい氷の塊を一秒足らずで錬成し、犬がそれに噛み付く。
氷の表面に犬の牙が突き刺さる。ピキッ……と表面が割れたが、中が割れることはなかった。
口に嵌った氷塊が離れず、首を振るが結果は変わらなかった。
犬があたふたしている隙に、進行する地面を氷にし、その部分をスライディングで滑り、懐へと入る。
犬の腹の真下へと到着すると、右手をかざし、左手は右手首を握った。
【精製・氷の角ッ!】
一本の大きく尖った氷の柱が犬の腹から背中へと貫く。
※※※※
アルバートと犬が教会内から姿を消し、グラウディーはジークへ首だけ振り向く。そして数秒眺めた後、体もジーク方向に振り向き、数歩歩いて、虫食い床に落ちた少女の白色の長い髪を無造作に掴み、床底から引っ張り上げた。
急に何かされた驚きなのか、髪を引っ張られての痛みなのか、少女は猿轡された口から「ん゛ん゛ッ!!!」と声を上げた。
「その子に触るんじゃない!離れろ!」
武器を何も持たず、グラウディーへと走るジーク。
近づいてくるジークを睨むと、グラウディーが一言吐き捨てる。
「俺に近づくな」
グラウディーの足元から数えきれない数の黒いモヤに包まれた触手が現れ、一斉にジークめがけて伸びていく。
目の前から飛んでくる物量に反射的に立ち止まり、胸の前で腕をクロスして防御の体制になった。
ドッ!!!
鈍い音と共に両足が宙に浮いた。
猛牛に衝突したかと思うような衝撃が全身に伝わり、ジークは思わず顔をしかめた。
そのまま後ろの壁に激突する。が、勢いは止まることなく、メキメキメキと壁が悲鳴を上げ、壁に大きな穴を開けながらジークは外へ押し出された。
土煙が大きく舞い上がり、四つん這い状態のジークは二、三度咳をする。
「鎌に身を委ねたまえ」
声が聞こえ、周りを見渡すが、周りは土煙で何も見えなかった。それでも尚、男の声は続く。
「君がこの場を打破したいのであれば」
やけにダンディーな声の主は耳元で囁いているような感じだが、耳元になんか居るはずもなかった。
「健闘を祈っているよ、ジーク君」
ストン……と背後から微かな音が聞こえて振り返ると、一本の黒い棒が地面に刺さっていた。
六角形の二メートルくらいの長さがある黒光りの棒。
ダンディーな声の主が言っていた『鎌』となる刃の部分は無く、先端部分が渦巻き状に尖っていて槍にしかジークは見えなかった。
ただ、これが何の変哲もない黒い棒ではないということだけは感じとれた。触れて大丈夫なのか?と思うくらいに。
土煙が収まり、視界がクリアになる。当然、ジークに語りかけた人物の姿などなかった。教会の壁の穴の奥で、グラウディーが暴れる女の子に苦戦している姿が見えた。
相手は加護者。何の力も持たないジークに、太刀打ちする術は何もない。
(この目の前の棒で救えるなら、握ってやる)
ごくりと生唾を飲んだ。
右手を近づけ、力強く棒を握った。