第五話 頭の中だけ
「ふぅ……次、入っていいぞ」
濡れた金色の長髪を丁寧にフェイスタオルで覆い、上半身は裸、下半身は膝が見えるタイプのスパッツを着て、シャワールームから出てきたアルバート・スミス。
アルバートがシャワーを浴びている間、自身の鎧とアルバートの鎧を磨いていたロブがアルバートへと視線を移した。
「分かりました。鎧を磨き終わったら入ります」
「OK」とアルバートが返事をすると、シャワーを浴びる前に用意していた雑に凍らせた桶の中に入った瓶を手に取り、近くにあった栓抜きも手に取る。
アルバートがダブルベッドに豪快に座ると、ベッドが大きく弾んだが、アルバートはどうでもいいと言わんばかりに栓抜きで瓶の蓋を外す。
瓶の蓋を開けると、すぐさま口元へ持っていき、ゴクゴクと喉を鳴らして飲むアルバート。
瓶に入った液体があと三分の一くらいになったところで、「あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ッ」と喉奥から声を吐き出して飲むのを中断する。
口に付着した麦酒の泡を右腕で拭い、ロブに話しかける。
「お前の分も用意してある。飲むなら飲んでいいぞ」
「気を使わせてしまい、すみません。あとでいただきます」
「気にすんな」
そう言って、残り僅かの酒を一気に飲み干し、二本目の瓶を手に取る。
「……飲み過ぎには注意してくださいね?」
ロブが心配そうにアルバートに言ったと同時くらいにドアからノック音が響く。
「誰だぁ゛?」
怪訝な顔でドアを見つめるアルバート。
ロブは鎧を拭くのを中断し、立ち上がる。
「もしかしたらルームサービスかもしれません。団長、服を着ては?」
「見られて困るような肉体にしていない。開けていいぞ」
「分かりました」と少し困り顔をしたロブだったが、ドアノブを回した。
ドアを開けると、扉の前にいた者がロブの体をすり抜けるように部屋へ侵入した。
「ダブルベッド!!!ってか、団長の筋肉凄ッ!?」
部屋に侵入した人物――リラが叫ぶと、二本目の麦酒も飲み終えそうなアルバートが口を開いた。
「あ゛ぁ゛?何しに来た、リラ」
「団長たちの部屋もダブルベッドなのかなぁ?と思い、来ました。二人とも一緒のベッドに寝るんですか?あと団長は上半身裸で寝るんですか?!ロブは全裸で寝るの?!」
後半になるにつれて早口言葉になっていくリラ。
「お前……本当に……。そーゆうのは頭の中だけにしろ。口から吐き出すな。ロブ、こいつを部屋から追い出せ」
「……すぐに追い出します」
リラの腕を掴み、部屋の外に引っ張るロブだが、リラが抵抗する。
「まだ答えを聞いてません!二人とも裸で抱――――」
ロブとリラが部屋から消え、三本目に手を伸ばすアルバート。
※※※※
ホー……ホー……と梟が静かに鳴く中、ドンッ!と教会の半開きになっている扉を蹴り飛ばし、焦茶色のロングコートを羽織った男が教会へと入る。
ロングコート男はズボンの両脇にあるポケットに両手を入れたまま、《《ソレ》》に向かって歩き出す。
「ちょこまかちょこまかと手間を取らせるな、餓鬼が」
《《ソレ》》は、左右の男二人に頭や背中、腕を床に押さえつけられた白髪の少女。
少女は拘束に抵抗しようと不規則に体を揺らすが、さすがに成人男性二人の力に勝つ事は出来なかった。
少女は抵抗をやめ、頬が床についた状態で目の前で立っているであろう男に話しかける。
「……わたしを殺したら……悪いことが起きるよ……」
「殺しはしない。殺したらどうなるかくらい理解している。正直、今この状況も内心ビクビクしている。だが……現れないって事は、《《許容範囲内》》って事みたいだな」
少女はグッと歯を噛み締め、表情を歪ませた。
「おいお前ら、この餓鬼の手足を縛れ。あと目と口も塞げ」
「わかった」
「了解」
指示を受け、少女を床に押さえつけていた二人が懐から縄と布を取り出し、少女が暴れ出す前に手慣れた手つきで腕、足を縛り、目と口を塞いだ。
ものの数秒で少女は立つことも喋ることもできない状態になった。
少女を拘束していた男二人がロングコートの男へと近づく。
「グラウディーさん、これで依頼は完了って事で構いませんか?」
「あぁ、とても助かった。これが報酬だ」
ロングコートの内ポケットから金貨二つを二人に一枚ずつ手渡す。
二人が奇声を上げて喜ぶ中、グラウディーは追加で金貨二つを取り出す。
「こ、これは?」
「お前らのところのボスにコレを。ほんの気持ちだと伝えてくれ。言わなくても分かると思うが……くれぐれも自分の懐に入れるなよ。お前たちのボスと俺を裏切る事になる」
「しっかりと二つともボスにお渡しします」
「……何かあったら次も頼むと伝えといてくれ」
「分かりました」
会話が終わり、ボス宛の金貨を受け取った肩付近まで伸ばした黒髪男が、拘束した少女を見てグラウディーに話しかける。
「この少女の捜索に俺に金貨一枚、こいつにも一枚、ボスに二枚。明らかに過剰な報酬だ。この餓鬼、ワケアリっすか?」
少し間を空けた後、グラウディーは口を開いた。
「……お前、名前はなんだったかな?」
「ポールです」
「ポール、詮索はするな。お前たちはただ言われた事を遂行すればいい。首を突っ込むといい事は何もない」
「わ、分かりました」
空気が少しピリッとし、ポールは大人しく引き下がった。
「それじゃあ、もう帰っていいぞ。お疲れさん」
「一人で抱えて行けますか?目的地まで抱えて行け―――」
「帰っていいぞ。私にこれ以上、何も言わせるな」
グラウディーの圧に圧倒されたポールとあと一人の男は逃げるように教会から出て行く。
男二人が教会から出ていって、数十秒ほど棒立ちしていたグラウディーが目の前で蠢く少女に歩み始める。
少女の前で止まり、屈んで少女に手を伸ばすと、背後からギィィ……と扉が動く音が聞こえ、グラウディーが振り返る。
「帰れと―――」
グラウディーはポールたちだと思っていた。だが違った。
そこには見知らぬ人が居た。