第十四話 エッティア
ドォォンッ!!と二階部分の外壁が爆発し、そこから外壁の残骸と共にジャックが吹き飛ばされて、背中から地面を滑るように落下した。
まだ地面を抉るように滑っていたが、体を後転させ、無理やり体勢を立て直した。そのまま間髪入れずにバックステップすると、さっきまでジャックがいた地面を黒い球体が食べた。
ジャックを食べ損ねた黒い球体は、口いっぱいに入った草原の草と土をもちゃもちゃとよく噛んで食べていた。
変化した右手の黒い爪を地面に突き刺して後ろに下がる体を強引に止めると、爆発でできた二階の外壁の大きな穴から少女が姿を見せた。
「ざぁーこ!エッティアに勝てるわけないじゃん!」
頭の左右にある立派な黒いツノ、毛先が赤い黒髪ショートボブ、褐色の肌でヘソ付近にある淫紋が淡いピンクに光らせた少女――エッティアがジャックを見下ろす。
内太ももから垂れる白濁液が床にポタポタと落ちたと思ったら、ボヤ程度に燃える二階の穴からジャックの頭上へと一瞬で跳び、エッティアの青く燃える右手が二階穴からジャックまでの距離の間に青い一本の軌跡が作り出されていた。
振り上げられた竜のような黒い爪が、ジャックを狙って振り下ろされる。
ガキィンッ!!と金属同士がぶつかる音が鳴り響く。ジャックの黒く変化した右腕部分が、エッティアの右爪をガードしたのだ。
攻撃をガードをする状況で、チラッとエッティアの左手を見てジャックが口を開いた。
「ルキを離せ!エッティアァッ!!」
エッティアの左手には、ルキの長い髪の毛が無造作に掴まれていた。
「あとで美味しく食べるんだから!置いたままだと、焦げてしまうじゃん!ばぁーか!」
確かに建物に放置していると、現在はボヤ程度の燃焼だが、時間が経つにつれて全焼する勢いの火事になるだろう。
ジャックはエッティアの右爪を力で払いのけ、その影響でエッティアは空中で右手を高く上げた格好になってしまい、完全に無防備な状態になった。
「石火」
次の瞬間、ジャックは黒い右爪を、前に突き出した手刀の構えをした状態でエッティアの後方へと瞬間移動していた。そしてエッティアの淫紋があるお腹が時間差で切り裂かれ、空中で四方八方に鮮血が散らばった。
大きく息を吐いてから、力なく地面に落ちたエッティアの横で倒れるルキを助けようと走ったジャックだったが、あと数メートルというところで横から邪魔が入った。
「く…そがっ!」
黒い球体が大きく口を開けて、体半分が口に入ったジャックを連れて、地面の土を削りながら進む。黒い球体の歯で噛まれないように上歯と下歯を黒爪と靴裏でなんとか防いでジャックは耐えた。
――球体とあいつは一心同体じゃねぇのか?
エッティアと黒い球体は黒くて細い線が繋がっている。エッティアの尾骨付近と黒い球体の後ろ側とで、赤ちゃんのへその緒のように。
だからエッティアに致命傷を与えたら、球体も同時に活動停止するとジャックは踏んでいたが、間違っていたようだ。
「拘束糸」
直進していた黒い球体がピタッと止まった。草原から伸びる小さな糸が球体と結ばれて、無理矢理に進もうとしている球体の歯茎が剥き出しになっていた。
ギギギギと異音が鳴る中、上下の歯に挟まるジャックは力づくで歯から脱出し、草原に倒れこむ。
エッティアが倒れた場所を見ると、エッティアが立っていた。裂いたはずのお腹が無傷の状態で。
エッティアは遠くにいるジャックを睨み、駆けた。
「漆黒の鉤爪・焔」
再び右手が黒い鉤爪に変化し、右手全体が青く発火する。
迫る来るエッティアを見据え、左の手のひらを草原に押し当てた。
「拘束糸」
草原からたくさんの極小で透明な糸がエッティアへ伸び、体に着弾する。無数の糸がエッティアに張り付くと、走っていたエッティアを引っ張るように止まったが、それは一瞬だけだった。
青く燃える右爪だけは糸で拘束することが出来ず、エッティアは自由に動かせる右爪を乱暴に横に薙ぎ払う。すると青い炎が糸に引火し、エッティアに張り付いていた糸が燃えて千切れてしまった。
糸からの拘束が解け、エッティアは再びジャックに飛びかかる勢いで接近する。
右斜めに振り下ろされた引っ掻き攻撃をバックステップで回避し、さらに距離を取るためにもう一回後方に下がった。
「収納庫」
人の手に戻した右手を勢いよく草原の中に入れると、すんなりと地面の中に手が入り、何かを握った状態で右手が草原から出てくる。
無造作に握られていたのはリボルバー式の拳銃だった。
持ち手をしっかりと握り直して、エッティアに銃口を向ける。なんの躊躇いもなく引き金を引いたが、カチッと音が鳴るだけで弾は出なかった。
「嘘だろ…ッ!」
急いで弾を入れる部分のシリンダーを開けて確認すると、一発目だけ弾が装填されていないだけで、あとの五つの穴には弾がしっかりと装填されていた。
気を取り直して銃口を向ける頃には、エッティアはジャックに向かって跳んでいた。
エッティアの右爪がジャックの頭部を撃ち抜こうと五本の鋭利な爪を突き立てて放つ。が、しかし、ジャックが左に動いて回避し、頬の皮を優しく裂いただけだった。
エッティアはジャックの後方二メートル先で着地し、踵を返して再び攻撃をしようとしていたが、ジャックはそれを許さなかった。
右手に握った銀色に塗装されたリボルバーの銃口をエッティアに向け、引き金を引いた。
数秒前のカチッだけだった音とはかけ離れた轟音と火花が舞う。打ち出された弾がまっすぐとエッティアの額に着弾し、爆ぜる。
ジャックはリボルバーを撃った衝撃で背中から地面に倒れ、右手首を掴みながら叫ぶ。
「痛てぇぇぇッ!!」
右手で何かを持つ事すら不可能なレベルの激痛を耐えながら地面に倒れたエッティアを確認した。
頭部が欠損した状態で大の字で倒れ、不規則にビクッビクッと腕や足が痙攣して動いていた。
右腕を押さえながら黒い球体へ視線を移動させると、ジャックへと迫っている最中だった。ゆっくりと右手を地面に当て、口を開く。
「拘束糸」
黒い球体は草原から飛んできた糸によって、再び動きを封じられてしまう。
これで邪魔をする者が居なくなり、ルキの元へ走り出した。力なく横たわるルキに近づき、なんとか左手だけで上半身を起こす。
「ルキ!大丈夫か?ルキ!」
「ジャッ…クさぁん…、わ、たしから、だが、動か…ない…で、す」
か細い声量で懸命に口を開いて話すルキの言葉を一言一句聞き逃さないように口元まで耳を近づけて聞いたあと、彼女の手足に視線を移した。
見た感じ特に怪我などはしていなかった。じゃあなんだ?と思考を巡らせる。
――原因は明らかにエッティアだ。考えろ!
過去のエッティア情報を懸命に思い出し、そして辿り着く。
「何か飲まされなかったか?!液体を!」
二、三秒の間の後、ルキが返答する。
「…黒い口に…無理やりキスされて、唾液を…流し…こまれ…まし、た…」
ジャックの思った液体とは少し違ったが、エッティアと繋がった生き物の唾液でも可能なのかもしれない。
「それは神経毒だ。最初と今で、麻痺は治ってるか?」
「さ、いしょは…話すこ、とも…できなか…たので、よく、なて…ま、す」
とりあえず時間経過で治癒する類の神経毒で胸を撫で下ろした。だがしかし、悠長にルキが歩行できるまで待つ時間はさすがになかった。
ジャックはエッティアへ視線を移動する。リボルバーでのダメージが大きかったおかげで、まだ手足を痙攣させて倒れており、黒い球体も拘束状態が継続中だ。
ジャックは右手を握り拳にしたり、手を開いたりと右腕の痛みがかなり引いたのを確認した後、ルキを慎重に抱き抱えた。
丘上の建物に発生したボヤ程度の火は、気付けば轟々と燃え盛る火災へと姿を変えていた。
天まで届きそうなほどの炎を一瞥しながら、ジャックはルキと共に丘下へと走り出した。




