第十一話 怠惰
ドンマラで一件しかない飲食店の【キッチン・ルキ】に、ジャックの仲間たちがワイワイガヤガヤと店内の端っこで小さな宴をしているところに、店に入ってきた複数人が近づいた。
「ローアン、ここに居たのかよ!ジャックの旦那が探してたぞ」
近づいたのは同じくジャックの仲間であるウィスラーで、その後ろにはステューシー、ゼフもいた。
ウィスラーに声をかけられたローアンは酒に酔っているようで頬が少し赤くなっていた。
「ジャックさんが?緊急?」
「いや『そうか』の一言だけだったから、緊急っぽくはなかったぞ」
「なら今すぐに行かなくていいか」
「一応、お前に伝えたからな」
そんな二人の会話に聞き耳を立てていた人物がカウンター席に居た。
そしてその人物の隣では頭を上下にしながら眠りに堪えようとする水色髪の幼女。身長と同じくらいに伸びた髪の毛が特徴的だった。
あとの二人の会話はギャンブルで負けたとか女とヤッただのどうでもいい内容ばかりで、黒のロングコート男はダルそうな表情でウェイトレスから無料で提供された水を一気に飲み干すと、隣にいた幼女がロングコートの右腕が入っていない袖をくいくい引っ張った。
「えてぃあ、どこいったの…」
幼女が舌足らずな言葉で隣の男に訊ねると、男は幼女の顔を見ずに言った。
「私も知りたいよ、あのクソガキの場所を…ッ!」
「……ぐらうでぃ、かおこわい」
途中までは共に行動していたが、気づけば居なくなっていた。
「フレンチ、まだ起きていられるか?」
「んー…あとじゅっぷんくらい」
「……もう動くしかないな」
本来は奇襲してジャックと接触するつもりだったが、首を長くして待つのが困難になり、ロングコート男は重い腰を上げ、酒盛りを再開したウィスラー達に近づいた。
「おい、ジャックに会わせろ」
いきなり声をかけられて怪訝な顔をするだけのウィスラー達の返答がなく、ロングコートの男はため息をつく。
「時間が無いんだ。こうしたら会わせるか?」
バリバリバリバリッ!と凄まじい音が鳴った。音の正体は黒いうねうねした長細い触手の集合体が丸太五本分の太さで建物の壁を壊した音だった。
壁を破壊した黒い触手の軌道上に居たローアンと複数人の仲間達は、触手の力に押されて壁を破壊しながら外へと押し出されてしまった。
壁を破壊した触手の集合体は黒い湯気を出しながら消滅し、壁の向こう側ではローアンたちが倒れていた。
テーブル上にあった飲食物は汚物のように床に散らばり、酒盛りどころではない状態だ。
運良く触手の軌道上に居なかったウィスラー、ゼフ、ステューシーを含めた七人が腰に装備した剣鉈を引き抜き、戦闘態勢になる。
ステューシーはロングコート男と距離を取りつつ、彼に訊ねた。
「あんた加護者?ジャックさんに何の用?」
「私を加護者と一緒にするな。お前と同じ悪魔だ」
「そうなんだ。で?なんでジャックさんに――ッ!!」
ステューシーが喋っているにも関わらず、ロングコート男が召喚した触手が鞭のようにしならせてステューシーの顔面に攻撃する。顔に飛んでくる触手を剣鉈で素早くズバッと切断し、流れる動作でロングコート男に飛んで、体を狙って剣鉈を振るいに行った。
「フレンチ、止めろ」
その一言で、ステューシーの動作は完全に止まった。ロングコート男を斬りかかろうとする姿勢から体を動かすことが出来なくなる。
「……どうなってるの…」
指一つまともに動かすことができなくなり、ステューシーは驚愕する。
命令されたフレンチはカウンター席に座ったままで、こくっこくっと頭を上下して眠気に耐えているだけだ。
ロングコートの横ポケットに左手を入れたまま、淡々と話す。
「ジャックに会わせろ。早くしないと一人ずつ死んでくぞ」
店の出入り口に付けられた客の出入りを知らせる小鐘が鳴った。四、五人の人が入店してくる。
「今、入ってくるな!逃げろ!」
ゼフが大声で警告したが、入店者たちは聞く耳持たずに、出入り口付近で足を止める。
「助けてください!変なんです!」
入店した者たちはゼフたちの顔見知りで、このドンマラに住む住民たちだった。
「ン!ンーーーーッ!!!」
口を塞がれながら悲鳴を上げる声がカウンター奥から聞こえ、そちらに視線が集まった。
悲鳴を上げようとしているのは、この店のウェイトレスとして働く女性だった。だが口を塞ぐ人物は誰かではなく、自分自身が口を固く閉じて叫ぼうとしているという奇妙な状況だった。
近くでガタッ!と音がなり、音がしたほうへ視線を向けると、テーブルの上に頭や腕をぴったりつけてゼフたちをガン見して目で訴えかける男が居た。彼もウェイトレスと同様に何かをされている感じだ。
この異様な光景を見て、ウィスラーはジャックから聞いた話を思い出す。
「もしかしてお前、怠惰の二つ名悪魔か?」
ロングコート男はウィスラーに返答することはなく、短く「一人目」と呟いた。
すると叫ぶことができないウェイトレスは泣きながら(だけど滑らかな動作で)、カウンター裏に置かれたクッキングナイフを手に取り、テーブルに頭と腕を密着して座る男の背中に突き刺した。
「ん!!!んッ!?んーーーッ!」
「ン!ン!ン!ンッッッ!!!」
体が動かず、口を開くこともできないまま、男は背中を何回も刺される。
ウェイトレスは目から涙、鼻と口からはゲロを出すが、振り下ろすナイフは一向に止まらない。大きく振りかぶるごとに血を周りに撒き散らし、地獄絵図と変える。
ゼフがウェイトレスに急接近し、両手首を掴んで壁へと押しつけた。
ウェイトレスは目を閉じて意識を失っているが、ゼフの拘束から逃れようとしていた。
――――この子にこんな力があるハズがねぇッ!
ゼフはこのウェイトレスの子をよく知っていた。ルキの友達で、運動が嫌いな子だ。そんな子が毎日筋トレして鍛えているゼフの押さえつけの力以上の力を出していた。
――――ヤバい!
力がゼフを上回り、ウェイトレスは意識を失った状態でゼフに体当たりした。ゼフは吹っ飛ばされ、反対側の壁に衝突する。
「大丈夫!?」
ステューシーは体が固まった状態でゼフを心配した。
「…なんとか」
壁に強く当たった後頭部を触っていると、ロングコート男が開けた大きな壁穴から人影が。
「アイツ殺していいのかぁ!?ウィスラァーッ!」
額から二つのボコっと小指くらいの凹凸のツノらしき物が生え、歯がギザギザの筋肉マシマシの身長二メートルの大男が現れる。
「ローアン!気をつけろ!怠惰の異名を持つ悪魔かもしれん!」
ゼフが大男と化したローアンに忠告すると、「把握した」と答え、地面から飛んだ。
ロングコート男との距離はゼロになり、振り上げた拳を振り下ろす。だがしかし、ステューシーと同様にロングコート男に当たる寸前で拳とローアンの体がピタッと止まってしまう。
プルプルとロングコート男に向けた拳が震えながら、ローアンが叫んだ。
「うおおぉぉぉぉッ!!」
バキィーン!とロングコート男の目の前の床をぶん殴って粉々に破壊して木片が飛んだ。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
全身全霊の力で、止められた自分の体を無理やり動かしたようだ。
「やるじゃん!ローアン!」とステューシーが声をかける中、ロングコート男は短くまた呟いた。
「二人目」
その言葉を聞き、ゼフたちは目を閉じてクッキングナイフを握った腕をだらんと垂らした状態で静止するウェイトレスを見た。が、ウェイトレスは動くことはなく、代わりに入口にいた数人の一人が動き出す。
「いやだ…助けッ――――ッ!!」
中側に居た青年の一人が自らの手を使って、自分の首を力いっぱいに絞めはじめる。
床に倒れこんでバタバタと足を動かすが、どんどん動きが鈍くなり、最後にはピクリともしなくなった。
異様な光景が続いていて、みんな言葉を失う。
二人目が絶命して間もないのに、ロングコート男が口を動かす。
「三に――」
「待ってくれ!ジャックの旦那を呼んでくるからぁッ!!もうやめてくれ!!!」
ウィスラーの訴えに、左手の小指で耳をほじりながら、やっと応答した。
「待つのはもう疲れた。居る場所を言え。フレンチ、三人目だ」
意識がないウェイトレスが素早い動きで、持っているクッキングナイフを己の喉元を斬った。大量の血が床を赤く染めながら、ウェイトレスは力なく倒れる。
ゼフたちが血を流して倒れたウェイトレスを見る中、ロングコート男は訊ねる。
「で?どこだぁ?…はい、四人目」
軽々しく四人目を殺そうとしたところで、今まで言葉を話さなかった水色長髪の幼女――フレンチが言葉を発した。
「…ぐらうでぃ、もぉむりぃ…」
ロングコート男がすごい速度でフレンチに振り向き、何かを言おうとしたが、その前にキッチンルキの建物が爆発した。




