第二話 六百八十
スキンヘッドスーツ男が【キッチン・ルキ】から退店して数分後、ルキはウェイトレス服から私服に着替え、デリバリーの準備をしていた。
兎肉を使ったサンドイッチ、黄色い果物、珈琲豆が入った小袋をトートバッグに入れていく。
全てを入れ終え、最終確認で指を差しながらチェックしていると、裏口から入ってきたウェイトレス仲間の一人が話しかけてきた。
「今からジャックさんのところに行くんですか?」
「うん。少しの間、店番お願いね」
「分かりました!あ!それと、これをジャックさんにお願いします」
そう言われ、渡されたのは片手に収まる大きさの小瓶だった。
ルキは小瓶の中に入っている透明な液体を手で揺らしながら尋ねた。
「これ何?」
「アルコール度数が高いお酒です」
「はぁ……」とルキがため息を吐きながら、膝が隠れる長さのスカートのポケットに入れた。
※※※※
ドンマラを一望できる丘に立った見張り塔で二人の男女が談笑していた。
「アンタ昨日いくら負けた?」
女の反対側の景色を眺めながら、黒色の角刈り頭の男は不機嫌気味に答えた。
「六百八十ルドだよ」
「可哀想だこと」
単眼望遠鏡を覗く黒色のドレッドヘアをした女の言葉に男が二メートル先にいる女に振り向く。
「可哀想だと思ってんなら、450ルドを返してくれませんかね?負け額の半分以上、お前の懐に入ってるんだが」
「やだ。今度の休みにミシエルに行って、豪遊するつもりなんだから」
「……次、覚えてろよ」
男は視線を戻し、頬杖をしながら見張りを再開する。
すると、男は丘の下からこちらに歩いてくる者を肉眼で視認する。
「おい、ルキちゃんがこっちに向かってる」
角刈り男の知らせに、ドレッドヘア女が男の隣に移動して単眼望遠鏡を覗いた。
「あら本当だ。もうそんな時間?」
女が覗くのをヤメ、左にいる角刈り男を見ながら言った。
「なにしてんの。早くジャックさんのとこに行って、ルキちゃんのことを知らせなさいよ」
男は頬杖をして、遥か彼方の山々を見ながら答える。
「お前が行ってくれよ。傷心中なんだからさぁー。それくらいいいだろう?」
女は不満そうな顔だったが、「仕方ないわね……」とだけ口から漏らし、見張り塔から地上へと降りる梯子を使って素早く地上へと降りた。
少し歩くと、身長の倍以上ある雑木林が広がり、視界が草で覆われるが、ドレッドヘア女は何百回、何千回と雑木林の中を通るようで、迷うことなく草を左右にかき分けながら歩く。
雑木林を抜けると小川が現れた。小川の中に点在する石を足場にして、向こう岸へと渡ってゆく。
川を渡ると、二メートル弱くらいの土と岩が混じった崖を三秒くらいで登る。
崖を登った先には、踝くらいの長さの草原が広がり、その中にぽつんと二階建ての建造物があった。
草原までくると、ドレッドヘアの女の足取りは遅くなり、風で揺れる草の上をゆっくりと歩いた。
建物の前に止まっていた馬車が動き出し、ドレッドヘアが手を振ると、馬車を引いているまん丸とした肉付きがいい男性が右手を少し上げ、そのまま建物から遠ざかっていった。
馬車がさっきまで通っていた整備された砂利道まで辿り着き、その道を歩いて建物前に到着した。
ドアノブを押して中に入ったら、怒号が聞こえてきた。
「ふざけんじゃねぇよ!イカサマしただろ!」
なんだなんだとドレッド女が玄関からリビングへ行くと、テーブルを囲うように並ばれたソファーに男たち四人が座っていた。
テーブル上には飲み終わった酒瓶が放置されており、その横でトランプが置かれていて、ギャンブルをしているようだった。
怒号を撒き散らす筋肉質な体型をした男の反対側のソファーに座る髪が肩まで伸びた男が反論する。
「イカサマしてねぇよ。言いがかりはやめろ。そんじゃ、頂くぜー」
長髪の男は身を乗り出して、トランプカードの横に置かれた小袋三つを手に取った。
残りの二人も頭を抱えていたり、魂が抜けた抜け殻になっていたりとしている中、ドレッド女が彼らに話しかけた。
「アンタたち、ルキちゃんが来るよ」
ドレッド女の声を聞き、長髪男が振り向いた。
「マジか。おまえら片付けるぞ」
長髪男がトランプカードを片付ける中、筋肉質な男を含む三人も、慌てて酒瓶を片付け始めた。
男四人の片付けを一瞥しながら、ドレッド女は二階に上がった。




