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第32話 幼馴染だからこそ


「なによ、幽霊でも見たみたいな顔して」


 和音は首を傾げると、隣にしゃがみ込んできた。そして覗き込むように俺の顔を見る。金色の前髪を留める小さな赤いリボンが視界に入り込んできた。


 近いな……というか相変わらず睫毛長いなコイツ。しかもいい匂いするし……なんかソワソワするな。落ち着け俺、相手は幼馴染だぞ!?



「お、驚かせるなよ……というかまた勝手に俺んちに入ってやがって……」


 まるっきり気配が消えていたので、思わず驚きの声を上げてしまう。和音はそんな俺に眉をひそめると、文句を言ってきた。


「ちゃんとノックしたもん。それに華菜さんに挨拶したら、ソーゴ兄がこっちに居るっていうから」


 いつものセーラー服ではなく、今日の恰好はラフな部屋着姿だ。上下同じ灰色のスウェットっていうところがまた女子高校生っぽい。まぁ相変わらず胸は絶壁なので子供っぽいところは昔のまま――。



「ちょっ、どこ見てんの!? 変態!」


「いや、別に」


 アシュフィールド先生といい、華菜さんといい大きい人を連続で見ていたから懐かしいな……ちょっと安心感がある。


 それにしてもいつの間に背後に立っていたんだろうか? いや、そんなことは今はどうでもいいか。それよりも気になることがひとつあったので俺は彼女に来訪の理由を尋ねることにする。



「なによ、別に用がなくたって遊びに来てもいいでしょ? それに今日は日曜日なんだし、ソーゴ兄もヒマかなって」


「お前と違って俺はヒマじゃねーの。そう気軽に遊びに来られても困る」


「むー……お兄、大学生になってから全然アタシと遊んでくれなくなったじゃん。もしや学校で彼女ができたとか!?」


「いや……それは無いけど」


 あ、しまった。これは余計なことを言ってしまった。これじゃ俺が恋人の居ない寂しい奴みたいに思われる!?


 しかし和音はそのことを指摘するでもなく、俺の言葉を聞くと少し口を尖らせた。



「へ、へぇ~? まぁ今も昔もダサいまんまだもんね……もしかしてアタシにもまだワンチャンある?」


「いや、何の話?」


 というか恋人がいない前提で話を進めるな。


 俺が怒って口をへの字に曲げると、和音は「冗談だって」と軽く笑う。



「今日もお野菜持ってきたから、良かったらみんなで食べてよ。ママがほうれん草たくさん採れたからって」


「おぉ~、千羽農園のほうれん草は甘くて柔らかくて美味しいんだよな。……いつもありがとう、和音」


 お礼を告げると、和音は目をパチクリとさせた。


 しかしそれも一瞬のことで、彼女はすぐに俺の額に手を当て始めた。


「え? だ、大丈夫ソーゴ兄! お兄がアタシに日頃のお礼を言うなんて、熱でもあるんじゃないの!?」


 ただ隣に座ったままジッと見つめられるので、なんだか落ち着かない。というかなんだそれ、俺だって普通にお礼は言うぞ!? 


「だって普段はアタシのことウザがって、冷たいことばっか言うのに」


「あれは……ほら。お前ももう高校生だし、昔みたいに接するのは逆に気を使っていたというか……」


「なにそれ!? もうっ! 全然意味が分かんないんだけど!」


 そう言って頬を膨らませる和音だが、本気で怒っているわけではないのはその表情からすぐに分かる。



「ともかく、俺は何でもかんでも独りで抱えようとして周囲を頼らない悪癖があるって気付けたからさ。海猫亭を再開するなら、ちゃんと考えていることは相手に伝えなきゃって思って」


「ソーゴ兄……」


「和音には感謝してる。いつも傍で俺たち兄妹を支えてくれたおかげで、今の堂森家や海猫亭があると思ってる」


 和音のことは、隣に住む年下の幼馴染以上の関係だ。というか俺が一方的に、家族だと思っていたというか。だけどその分、彼女に甘えてしまっていたのは良くなかった。


 色々と気遣ってもらって助けてくれていたのに、それをどこかで当たり前のように感じていたところがあったんだ。


 だからこそ今はキチンと和音にも話をするべきだと考えたんだ。



「もう和音は俺(たち海猫亭スタッフ)にとってはかけがえのない人だからさ。これからも(スタッフたちと)一緒に海猫亭を支えてくれると嬉しい」


 そう伝えると、和音はポリポリと頬を掻いたあと――……小さく頷いた。そしてスッと立ち上がると俺に背を向ける。


「そ、そこまで言われたら仕方ないな~。お兄は昔から危なっかしいからアタシが見てないとね~」


 俺はその背中を見ながら目を細めると、ふと昔のことを思い出す。


 幼い頃、大人しい女の子だった和音は寂しがり屋ですぐ泣いていたし、俺の後を追いかけまわってばかりだった。


 そんな彼女が、俺たち兄妹の両親が居なくなったあたりから急にお節介でやかましい奴になっていた。陽夜理もそうだったが、和音も俺を元気づけようとしてくれていたのかもな……。


 そのときだった。背後からドタドタという足音が聞こえてきて俺の名を呼ぶ声がする。振り返ると陽夜理と美愛ちゃんが廊下を駆けてくるのが見えた。



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