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第23話 苦いだけのコーヒーと人生はクソ


「ありがとう。久しぶりにワイワイできて楽しかった」


 帰り際、ウオミーは俺たち兄妹に礼を言ってきた。


 心なしか、出逢った当初にあった彼女の刺々しさが丸くなった気がする。



「それは良かったです。今度は違うメニューも試してみるので、是非また来てくださいね」


「うん。バイバイ、陽夜理」


「そこまで送ってくよ」


 水槽部屋や庭の池を名残惜しそうに見つめるウオミーを引きずるように、敷地の外へと連れ出した。



「わたしの話はしたけど」


 ポツリ、と唐突に彼女は呟いた。


「ドーモ君って……どんな夢があるの?」


「夢……」


 俺は思わず息を呑んだ。まさか向こうから訊かれるとは思ってなかったからだ。


「わたしの場合はさっき話した通り。紆余曲折あったけど、見付けられた。……でも」


 笑顔は消え去り、彼女は真剣な眼差しで俺を見据えてきた。


「何となく、今のドーモ君は悩んでるように見える」


「……えっと」


 そんな射貫くような瞳に気圧されて言葉が詰まる。


 自分の悩みなんてちっとも話さなかったのに、どうして分かったんだ?


 そんな俺の緊張とは裏腹に、ウオミーはゆっくりと口を開いた。



「ドーモ君はいっつも人のことばかり心配してる。自分のことは(おろそ)か。やりたいことがあっても、他の人を優先してそう」


「うっ……」


 図星です、ウオミーさん。


 もしかして有名な占い師だったりしません?



「……ごめん。踏み込み過ぎた。昔から人の顔ばかり窺っていたから、なんとなく分かっちゃうんだ」


 バツが悪そうに彼女は視線を逸らした。


「でもドーモ君は優しいけど、優しすぎるから」


「……え?」


「だからさっきのは聞かなかったことにして。もちろんドーモ君の夢にも……本心にも干渉しない」


 一瞬、彼女の言葉にドキリとした。


 心の底まで見透かされているような瞳に見つめられ、息も忘れそうになる。彼女はどこまで……。


 そんな俺の心情などつゆ知らず、ウオミーは言葉を続ける。



「でも力になれることがあったらいつでも言ってほしい。もう友達なんだし」


「あ……あぁ」


「わたしじゃなくても良い。わたしはアシュフィールド先生に相談した」


 アシュフィールド先生?

 来音大学で生物学をやってる助教授の?


 あぁ、魚関連で話を聞いてもらったのかもしれないな。



「頼れる大人は、探せば案外いるものだよ。……年長者を利用するのは、若者の特権」


 遠くに見える広大な海をバックにして悪戯っぽく微笑む彼女に俺は頷いた。


 彼女を家の途中まで送り届けたあと。その帰り道で俺は、繰り返し自問自答していた。



「俺の夢、か。そりゃあったけどさ……」


 俺には生物教師になる夢があった。


 だけど両親が行方不明になった事件がキッカケで、その夢は心の奥底へ追いやられてしまった。


 父さんが作り上げた海猫亭は好きだし、このまま潰すくらいならもう一度日の目を見せてやりたい。


 陽夜理のことや砂霧親子、他のいろんなしがらみもある。自分だけの我が儘を押し通せるわけがない。


 俺はもう、子供じゃないんだから……。



 だけど……だからといって自分の夢が無かったことになるわけじゃない。


 今でも生物教師の夢が頭をちらついてしまっている。


「……でもウオミーの言うとおりだ」


 このまま悩んでいるよりもいいかもしれない。


「今度話してみるか」


 俺はそう決意し、海を背にして歩き始めた。


 そんな俺の背中を彼女の視線と共に突風が押していたことを知らずに。



 ◇


「……へぇ。この私に相談をしたい、と」


 俺は生物学のアシュフィールド助教授の元を訪れていた。


 先生は普段、授業以外の時間は大学から貸与されている専用の研究室に引き篭もっている。


 高価そうな分析機器や実験道具に囲まれ、デスクにはこれまた高性能そうなパソコンが置いてあった。


 几帳面な先生らしく、レポートや本はキッチリとまとめられ、乱雑さはちっとも感じられない。



「とはいえ、私はそういう人生相談は専門じゃない。それに進路相談なら専門のスタッフがいるはずだろう?」


 白衣姿の先生は掛けている赤縁メガネの位置を直すと、ギィと椅子の背もたれに体重を預けた。


 先ほどまで実験でもしていたのか、やや顔には疲労の色が見える。



「いえ……その」


「まぁ、いい。コーヒーは好きか?」


「え?」


「その様子だと話は長くなりそうだ。実験の結果が出るまでの暇潰しに聞いてやろう」


 先生はニッと笑うと、立ち上がって俺の目の前に丸椅子を置いてから、簡易的な調理台の方へ向かった。


 どうやら付き合ってやるからそこで待っていろ、ということらしい。


 何だかんだ面倒見のいいとウオミーは言っていたけれど、本当の話だったみたいだ。



「ミルクと砂糖は多目にしておいた。苦いだけのコーヒーと人生はクソだろう?」


「あ、ありがとうございます……?」


「礼は不要だ、客はもてなすのがイギリス人の流儀だからな。どうだ、紳士的だろ」


 イギリス人ならそこは紅茶なのでは?という疑問はしまいつつ、俺は好意に甘えることにした。



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