第1話 虎(妹)の尾を踏み、俺は頭を踏まれる。
「お兄ちゃん? もう二度と生き物は拾って来ないって約束したよね?」
「だ、だって傘もささずに雨の中で震えていたんだぞ!? 見過ごせるわけが――ぐぎゅう!?」
小さく柔らかな足裏が、玄関で土下座をしている俺の後頭部を問答無用で踏みつける。その足の持ち主、義妹の陽夜理は俺を怒鳴りつけた。
「だからって、人間の親子を拾ってくる奴がいるかこのバカ兄ぃぃい!!」
「ひぃっ!」
玄関で土下座する兄を容赦なくグリグリと踏みつけるドSな妹――そんな光景をビショ濡れの母娘が俺のすぐ隣で、震えながら見ている。
「ちゃんと元いた場所に戻してきなさいっ!」
「……せめて雨が止むまで置いてあげても」
「お・に・い・ちゃ・ん?」
「ごめんなさい」
と言いつつもタオルを持って来た陽夜理が、母娘の髪を拭きながら言う。
「どうしてこうなったか、説明してくれるんだよね!?」
「はいっ! もちろんでございます!!」
もはや兄としての尊厳なんてモンはない。
俺は額を床に擦り付けたまま、これまでの経緯を全てを包み隠さず話すことにした。
◇
~さかのぼること半日前~
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……
6畳ほどの部屋に、無機質な電子音が喧しく鳴り響く。
俺は使い古されたシングルベッドからムクリと起き上がった。
「んぁ……あれ……?」
何か昔の夢を見ていた気がする……が、思い出せない。
部屋の中はまだ薄暗く、脳は眠気を訴え続けている。
頭なんて寝癖でボサボサだ。
「ん……うん……」
ふわぁ、と大きな欠伸が出た。
上体だけで大きく背伸びをした後、俺はスマホの隣に置いてあったタバコとライターを手に取る。
――カチッ。シュボッ……カチャリ。
昭和の時代に流行ったシルバーのオイルライターが、小気味の良い金属音を立てる。
手慣れた仕草で、口に咥えたタバコに火を着けた。
すぅっと大きく、ひと呼吸。
「……ふぅ」
吐く息と共に白い煙がくゆりと浮かび、雲のようにプカプカと天井に流れていく。
それらがゆっくりと消えていく様子を、俺は暫らくボーッと眺めていた。
一息ついたところで、今度は空いている左手でスマホを操作する。今日の天気を確認するためだ。アプリを開き、降水確率をチェックする。
ここまでが、ここ最近の習慣だ。
寝惚けた頭でも、ほぼ無意識で身体が動いてくれるようになっている。
「今日は晴れ、か。だけどだいぶ寒くなってきたな。そろそろストーブを出す時期か」
煙と共に独り言を吐いている俺の名前は、堂森 相護、二十歳。海の見える民宿、海猫亭の若きオーナーだ。
オーナーとは言っても、現在は開店休業中。本業は来音市にある教育学部に通う、華の大学生である。
「って今日から11月? ……そうか、もう2年になるのか」
待ち受けの日付を見て驚いた。両親が死んでから、早くも2年が経とうとしていた。
と言っても母さんは産みの親ではなく、父さんの再婚相手だ。そして陽夜理は義母の連れ子にあたる。そんな寄せ集めの家族だったけれど、俺たちはそれなりに仲良く暮らしていた――はずだった。
「父さんたちが帰ってこない!?」
生活が一変したのが、今から2年前のこと。民宿で出す料理の食材を調達する為に、両親はいつものように沖へと船を出した。
――その日を最後に、2人がこの海猫亭に戻ることは無かった。
予報に無かった想定外の時化に遭遇したらしい。父さんと母さんは船ごと行方不明になってしまった。
地元の漁師や知人が総出で救助に向かったが、発見出来たのは父さんが荷物入れに使っていた保冷ケースだけ。やがて捜索も打ち切りとなった。
「ママもパパも、絶対に生きてる! ヒヨのこと、置いていくわけないもん!」
「そうだよな、陽夜理。俺たちだけでも二人を探そう」
周囲が諦める中、俺と陽夜理だけはその後も2人の帰りを待ち続けた。だが子供の俺たちが何かできるわけでもなく、時間だけが無情に過ぎていく。
こんなことが起きるまで知らなかったんだけど、日本の法律上、行方不明のまま一定の期間が経つと死亡手続きができるらしい。
家のこと、陽夜理のこと。これからのことを悩んだ末に、俺は……両親を殺す決心をした。
あのときの決断がはたして正解だったのか、今でも考える瞬間がある。だけど立ち止まるわけにはいかないんだ。俺が残った家族を支えなきゃ……。
「さて、朝のエサやりに向かいますか」
短くなっていたタバコを、スチール製の灰皿に押し付ける。
現在時刻は朝の5時。外はやっと明るくなってきたが、風がビュウビュウと吹いている。あの様子じゃかなり寒そうだ。
布団を押しのけて、のそのそとベッドから立ち上がる。
「陽夜理……は先に起きているだろうな」
しっかり者のアイツのことだから、既に待っているかもしれない。あー、また「遅いよお兄ちゃん」って怒られるかも。朝から怒られるのは勘弁して欲しいんだが……しゃーない、急いで向かおう。
昨日からイスに掛けっぱなしだったダウンジャケットをサッと羽織ると、足早に自分の部屋を後にした。
吐く息を白くさせながら、庭にある木造の鶏小屋へと急ぎ足で向かう。そこでは予想通り、陽夜理が恐ろしい形相で俺を待ち構えていた。
作者「こんな可愛い妹が欲しい人生じゃった……(遺言)」




