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第18話 一難去ってSSR引いた件


「はぁ、でも俺の勘違いで本当に良かった」


 色々と気が抜けてしまった俺は、橋の欄干に背を預け腰を下ろす。


 かいた汗が風にあたって冷たいけれど、火照った体には丁度いい。


 海の向こうに消えていく太陽を眺めていると、目の前に茶色みがかった頭が下りてきた。



「ごめん。わたしがキミを心配させたのは事実」


 どうやら魚好きの女性は俺に謝罪してくれたようだ。


 スレンダーな彼女は俺と同じくらいの身長で、結構な圧迫感がある。


 相変わらず言葉遣いもぶっきらぼうだけど、悪い人じゃなさそうだ。



「助けようとしてくれてありがとう。ビックリしたけど、嬉しい」


 嬉しいという割には、再び上げた顔はぬぼーっとした無表情だった。


 だけど少しだけ口元が微笑んでいるように見える……のか?


 普段から感情をあまり表に出さないのか、かなり分かりにくいけど。


 ……と、思ったらいきなり左手を突き出してきた。え、なにこれ??



「わたし、魚住(うおずみ)真凛(まりん)。ウオミーって呼んで」


「え? あ……俺は堂森相護っていうんだけど……」


 困惑しつつ名乗り返すと、彼女は「ドーモ君だね」納得したように小さく頷く。


 いや、それは某テレビのイメージキャラクターと被るからやめてほしいんだけど……。



「……もしかして同じ大学の人?」


「同じ大学……って、来音(くるね)大学? もしかして魚住さんも「ウオミー」ウオミーさんも?」


「キミの顔。キャンパスで見掛けたことがある」


 わざわざ言い直させられた。よく分からないが、こだわりがあるらしい。


 あと差し出された左手は握手だったらしい。勝手に俺の手を掴まれて上下に振られている。


 なんというかマイペースというか……彼女には逆らえない気がするな。



「……それ、この街の魚屋リスト」


「え? あぁ、うん。よく分かっ……魚好きなんだもんな」


 座った拍子にポケットから落ちていたらしい。貰ったリストをウオミーが興味深げに見下していたので、なんとなく中を開いて見せてあげる。


「そう。全部チェック済み。どの店も良いところ」


 彼女は自分のスマホで何度かタップを繰り返すと、俺に画面を見せてきた。そこにはスクリーンいっぱいに魚の写真が並んでいる。しかも店ごとで丁寧にフォルダ分けされているようだ。


 え、ちょっと待って。これ一枚一枚にキャプション(見出し)まで付いているぞ!?


 マダコ、新鮮で刺身でも茹でても美味。から揚げは酒のツマミに最高……ってコレ全部実食してんの!?



「見るのも好き。だけど食べるのはもっと好き」


 親指をグッと立ててムフーと得意げな顔をするウオミー。


 いや、褒めてはいないんだけど。ていうかこれだけ魚に散財してりゃ、お金も無くなるよなぁ。


「食べるのは……って、魚を釣ったりはしないのか?」


「たまにする。でもただ食べるだけなら、バイト先で食べた方が早い」


 バイト!?

 このコミュニケーション能力が低そうな人が!?


 信じられないと思っていたのが伝わってしまったのか、彼女は唇を尖らせた。


「……そんなに驚くこと? 魚を売るならいくらでも話せる。このリストにもある」


 マジですか!?



 これはもしかしたら渡りに船かもしれない。さっそく俺はウオミーに事情を説明することにした。


「分かった。そういうことなら、協力もやぶさかじゃない」


 おおっ!?

 今日は散々断られて心が折れかけていたし、ダメ元で頼んたんだけど。


 即断即決、彼女はその場でバイト先の魚屋に電話を掛けてくれているようだ。


 電話口ではさらに口数の少ないウオミーは最低限の説明と「うん、うん」という相槌を繰り返す。


 そして――。


「店長もオッケーだって。今度、実際に店を見に来るといい」


「それは有り難い……! ウオミー、本当にありがとう!」


 聞けば小さいお店ながら、品数はもちろんのこと、どれも新鮮で美味しい魚介類ばかりだという。


 これだけの魚オタクであるウオミーが言うんだから、身内贔屓を抜きにしても信頼できると思う。


 急に降臨した救世の女神を崇めるように、ペコペコと頭を何度も下げた。



「別に。わたしが好きでやったことだから、気にしないで」


 すました顔で視線を逸らすと、再び橋の上からボーっと川面を眺め始めた。


 辺りはもうすっかり暗くなっているし、もはや川の中なんてちっとも見えないのに。


 あんまりに言っても彼女を困らせるだけだろうし、俺はもう一度だけお礼を言って終わりにすることにした。


 俺たちは揃って家路につくことにした。どうやら方向は一緒らしいし、途中まで送っていくとしようかな。


「ところで」


 その道中でウオミーはこちらを振り返ったかと思うと俺の顔をジッと見つめてきた。


 田舎道の街灯に照らされた背の高い女性に威圧感を覚えて少しだけたじろぐ。


 そんな俺に彼女は更に一歩近付いてきて、あまり抑揚のない声で尋ねてくる。



「ドーモ君の民宿。動物がたくさんいるって聞いたけど」


「え? あぁ、そうだね。いつの間にか色々と増えて、すごい賑やかだよ」


 あれよあれよといううちに、種類を問わず飼うようになっていた。


 さすがにこれ以上は増やさない予定だけど……いや、人間が増えたばっかりか。


「さかな、居る?」


「え……?」


 ウオミーの深淵のような黒い瞳が、怯える俺を捕えていた。



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