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第17話 邂逅マグロガール


 今までの人生で、死にたいと思ったことがあるか?


 そう問われたら、全くないとは言えない。それ程つらい出来事に遭ったのは、一度や二度じゃないしな。



 だけど振り返ってみても、実行に移したことはない。俺を産んだ母さんが死んだときも、父さんたちが消えたときもだ。


 人間っていうのは、案外元気がないときは死のうとは思わないらしい。


 理由は簡単、死ぬ気力が湧かないから。

 相当な思い切りの良さと行動力が無い限り、ゲーム機みたいに電源ボタンを押すことはできないんだ。



 じゃあ、俺の目の前で飛び降りようとしている人はどうなんだろうか。


 そこまでの理由があるはずなんだろうけど、いざ目の前で命を絶とうする人を見捨てることなんてできなかった。気付けば無意識のうちに足が動いていた。



「待って! 早まるんじゃない!!」


 一刻も早く止めないと、すでに上半身が橋の手すりから向こう側へ乗り越えている。


 かろうじてまだ両手が離れていないので、鉄棒の前回りみたいな体勢でどうにか留まっているけれども。



「くそ、日ごろの運動不足がこんなところで!」


 橋まであと20メートル。

 こんな全力で走ったのなんて、高校を卒業してから初めてだ。


 横目で見てみれば、橋の上から川面までは結構な高さがあるのが分かる。川の深さがどれだけあるかは分からないけれど、無事でいられる保証なんてどこにもない。


 今はちょうど日没時で、水面が夕日に反射して橙色に輝いている。そこに赤黒い血が混じれば……ううっ、考えたくもない!



「たのむ、間に合ってくれ!」


 あと5メートル。

 声が届く距離なのでもう一度彼女に止めるよう叫んでみる。


 だが彼女はまるで聞く耳を持たない。これは絶対にまずい!!!



「馬鹿な真似はやめるんだ!」


 伸ばした両手はちゃんと彼女に届いた。遠慮なんてしてられる余裕もなく、彼女のTシャツを思いっきり握り締める。


 良かった、落ちる前になんとか間に合った。

 もうあと少し遅れていたなら、一瞬でも判断が遅れていたら――と思うと背筋が凍る思いだ。


 強引に橋の内側へと戻し、こちらに顔を向けさせる――と、彼女は不機嫌そうな顔で俺を睨んできた。



「何するの」


「はぁっ!? 何するのって――アンタ、何考えてるんだよ! 目の前で人が飛び降りようとしているのに、黙って見ていられるわけがないだろ!」


 己の口から出た言葉とは裏腹に、俺は違和感を覚えた。


 この子は強い――それが彼女を見たときの第一印象だったから。


 中性的な顔立ちをしたショートカットヘアの美人が、怖い顔を俺に向けている。


 こちらをキッと見つめる切れ長の目には、ギリギリまで沈むことを拒む真っ赤な夕陽がメラメラと燃えている。それはまるで、何事にも屈しない意志の強さを表しているようだった。



 ――絶望した奴はこんな顔をしない。


 そういう人間の顔は、鏡で何度も見てきたから分かる。


 今度は「ならばなぜ?」という疑問が湧いてくる。

 こんな人が自殺未遂なんて、一体何があったと言うのだろうか……。



 そんなことを考えながら彼女の手を放すまいと力を入れると、俺は改めて彼女をじっくりと観察してみた。


 年嵩(としかさ)は俺の同じ大学生ぐらいのように見える。


 肌寒いこの季節にも関わらず薄着のTシャツに七分丈のデニムパンツ。それに裸足にサンダルを履いている。


 見た目は小奇麗に見えるけれど、普段からあまりお洒落に気を使っていないんだな、というのが想像できた。



「キミ、なにか勘違いしてる。別にわたし、飛び降りようとしてない」


「え? いやでももう少しで落ちそうに――」


「あれは、川を見てただけ。正確には、川の中、だけど」


 そんな馬鹿な、という俺の困惑など気にも留めず、彼女は茶色い瞳を川の方へ向けた。せっかく人が助けてやったのに、なんて態度だ……。


 でも良かった。どうやら自殺志願者じゃなさそうだ。


 ホッと胸を撫で下ろすと俺はもう少し話を聞くことにした。



「でもなんでわざわざ、川の中なんて……」


 俺の問いに彼女はボソリと呟くように言った。


 善意で助けようとしたことは伝わったのか、最初にあった刺々しさは彼女の表情から消えていた。


「……さかな」


「え?」


 今なんて言った?

 俺の聞き間違えじゃなければ、さかなって聞こえたような……。



「海の街だけど、川にも魚はいる。だったら、もしかしたら水の中にいるかもって思っただけ」


 俺は呆れて物も言えなかった。

 このご時世、川の魚なんてめっきり見なくなったのに。


 それにこんな人気のない夕暮れ時を狙わなくても、魚が見たければ他の場所にもたくさんいるんじゃないか?


 来音(くるね)市には漁港の他にも水族館とかもあるんだし。


 というか、そもそもどうして魚を見ようなんて考えたんだろう……俺にはそっちの方が謎だよ。



「さかな、好きだから」


「まぁ俺も好きだし、この漁師町に魚嫌いの人間はあんまり居ないかもな」


「わたしは魚にガチ恋してるから。そのへんの雑魚と一緒にしないで」


 そういって彼女はポケットからスマホを取り出し、待ち受け画面を見せてきた。

 水族館と思しき巨大な水槽の写真のようで、たくさんの魚が泳いでいる。

 よく見れば手帳型のケースには、たくさんの魚介系ストラップがついているのが目に入った。


 驚いている俺を見て、女性は「どうだ!」と鼻からフンスと息を出した。



「来音イチのマグロ女という異名はわたしのこと」


「……それって蔑称じゃないの?」


「気にしない。どうせ魚以外に話す相手も居ないし」


「あ、そうなの……」


 なんだろう、俺ってまた変な人に声掛けちゃったみたいだ。

 砂霧親子の一件ですら大変だったのに、全然()りてないじゃないか俺。



「ならこんな危ない所じゃなくて、水族館に行けばいいのに」


 思わずそう漏らすと、あからさまにションボリと肩を落とした。


「グッズに散財し過ぎた。川ならタダで見られると思ったけど、冬で魚いなかった」


 あー、うん。

 この人、ただ魚が好き過ぎるだけの残念美人だわ。



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