第16話 現実は非常に非情
来音市の漁港は、小規模ながらも地元民に愛されている港だ。
隣接する市場には、新鮮な海鮮を求めて朝一番から多くの人が訪れる。
そんな市の重要資源でもある来音港にある水揚げ場で、俺は海から戻ってきた漁師さんに交渉を持ちかけていた。
「そこをなんとか! この通りです!」
「……お前もしつこいな」
頭を下げる俺に対し、漁師さんは溜息をつく。
他にも複数人の大人たちが様子を窺ってくれているのだが、表情と雰囲気は暗いものだった。
「俺だってできることなら助けてやりてぇさ」
「だったら!」
「だがな、堂森の兄ちゃんよ。いくら俺たちが頑張っても、無理なもんは無理だ」
食い下がる俺を押しのけるように、漁師さんは距離を取る。
そして傍らに置いていた魚を乱暴に水揚げ台に載せる。
「ったく、こっちの都合も知らねぇ奴が好き勝手言いやがって」
「おい! あんた、そりゃ言いすぎだろうが!」
苛立ちを含んだ漁師さんの言葉に、俺を庇うようにして隣にいた中年の男性――この港でも古株のおじさんが抗議をしてくれた。この人は市場の関係者らしい。
しかし漁師さんの気は収まらず、鋭い視線でおじさんを睨む。
「なんだよ? 俺はただ思ったことを口にしただけだ」
「そういう部外者を排除するような物言いは感心しないな。それに仮にも堂森さんはあの海猫亭の跡取りだぞ?」
そんな2人のやり取りを見て、他の大人たちも心配そうに俺たちの方へと寄ってくる。そして俺に寄り添うと小声で耳打ちしてきた。
「あんまり気にすんなよ兄ちゃん。アイツだって、なにも意地悪でああ言っているんじゃねぇんだ」
「でも、俺が前にケンカを吹っ掛けたからあんなに怒って……」
「いやいや。そうじゃないんだって」
ケンカの一件が不安だったものの、意外にもみんな気の良い人たちで、どの人も「よく来たな」と温かく迎えてくれた。
中には父さんがお世話になっていた人もいて、俺の姿を見て声を掛けてきてくれたぐらいだ。
だから今回もダメ元で相談してみたのだが……まさかここまで門前払いを喰らってしまうとは。
悔しさに拳を握りしめていると、怒りを宥められていた漁師さんは「はぁ~、ちくしょう」と溜め息交じりに頭を掻いた。
「捜索の時は俺もついカッとなっちまって悪かったよ。堂森の兄ちゃんは何も悪くねぇ」
「だ、だったら!」
「けどな、アンタも知っての通り、この業界ってのは色々と面倒なんだよ」
「え?」
渋い表情を浮かべる漁師さんの言葉に、俺は首を傾げる。
漁師さんは周りで様子を窺っている大人たちにも目を配りながら、言い辛そうに言葉を続ける。
「俺たち漁師や市場の人間も商売人だからよ。普段の取り引き先は、昔から決まった相手ばかりなんだ」
聞けば、漁と言うのは安定してできる仕事ではないらしい。
沢山獲れても買い手がいなければ赤字になってしまう。
だから市場の人たちはスーパーや飲食店と大口契約を結び、まとめて仕入先を固定しているのだという。
そして漁師は市場に直接卸している。そこで俺みたいなやつがフラっと現れて魚を寄越せと言ってきても、はい分かりましたとは言えないのだろう。
「もちろん、小口で取引することもある。だけどな、そういうのは長年続けて商売している相手だ」
「だけど、そんなのって……」
「酷い話だって思うか? けどな堂森の兄ちゃん。俺たちの仕事ってのは信用商売だ。取引きしてぇときに売れません、買えませんじゃ話にならねぇんだ」
……こう言われてしまうと俺は無力だった。
がっくりと項垂れる俺の肩に、中年男性が優しく手を置く。
そして周りにいる大人たちにも目を向けると、言い聞かせるように口を開く。
「堂森さんだって悪い人じゃねぇのは分かっているさ。でもな……」
そこで言葉を区切ると、おじさんはチラリと漁師さんに目を向ける。
彼も小さく頷き返すと、改めて口を開いた。
「海猫亭の親父さんもその辺を理解していたから、自分で漁に出ていたんだよ」
「父さんが……?」
「民宿ってのは大手の宿と比べると、経営が不安定だろ? それにもし兄ちゃんがまた急に休業するつったら? 買い手が居なくなった売り手がどうなると思う?」
「……仰る通りです。周りの影響をもっと考えるべきでした」
俺の言葉に漁師さんは頷く。
周囲で見守ってくれていた人たちだって、みんな分かっているのだろう。
自分たちも商売をする身だから、下手な同情心で口を出すべきじゃないと。
そんなどうしようもない事実に直面した気がして、俺は目の前が真っ暗になりそうだ。
「俺ァ堂森の奴とは中学が一緒でな、大人になってからは飲み仲間だったんだ。だからどうにかしてやりたいのは山々なんだが……俺にも家庭がある」
だから諦めてくれ。そう言わんばかりの態度だった。
だが漁師さんたちの言っていることは事実だ。それにこれ以上粘ったところで無駄だろう。
俺は一礼だけすると港を後にしたのだった。
◇
「はぁ……参ったな」
海猫亭へ戻る道を歩きながら、頭をガシガシと搔く。
隣にはすれ違うように海へ流れていく雄大な川が流れている。
土手の道は夕暮れで茜色に染まり、11月の冷たい風が肌を刺す。
おかげで俺の頭も冷やしてくれていた。
「なんとか魚介類の仕入れ先を確保したいところだけど、どうしたものか……」
俺の右手には一枚の紙きれがある。帰り際に市場の人に貰ったリストだ。
漁港の人たちには、新たに卸してくれる相手を探すのではなく、すでに取引をしているお店から魚を売ってもらう方が現実的だ――そんなアドバイスをされた。そしてこのリストは来音市で魚を取り扱っている魚屋だ。
見てみればグチャグチャの字で十数件の店名が書いてある。海の街なだけあって、かなりの数だ。そのうち、どれだけの店が俺の話を聞いてくれるだろうか……。
「仕方ない。こうなったら、もう手当たり次第で交渉しに行くしかないか」
俺は意を決して顔を上げる。いつまでもウジウジしてなんていられない。
とにかく行ってみよう――そう思って再び歩き始めたところで、視界にトンでもないものが飛び込んできた。
「ちょっ、アンタ何をしているんだ!」
川に掛かる橋の上から、女性が今まさに飛び降りようとしていた。




