第13話 月の光(どびゅっしー)
「華菜さん!?」
暗闇の中に溶けていきそうな漆黒のロングヘアーをゆらりと揺らしながら、華菜さんは俺の部屋に音もなく入ってきた。
慌ててベッドサイドの灯りを付ける。やはり華菜さんだ。幽霊なんかじゃない。それもちょっとパジャマが乱れていて、事後感があってエロイ。
――おっと、危ない。ボーっと見惚れていたら、危うく口に咥えたままのタバコから灰がズボンに落ちるところだった。
「夜分遅くにごめんなさい。もう寝るところだったかしら?」
「いやっ……それは大丈夫なんですけど……」
目を逸らすようにタバコの先を灰皿に押しつけ、膨らみかけた下半身を隠すように布団を掛けた。
「えっと……どうしたんですか?」
緊張でカラカラに乾いた口から必死に声を出す。
あぁ、もう。いくら年上とはいえ、もう少し恥じらいを持ってくれ。これじゃあまるで、華菜さんが夜這いに来たみたいじゃないか……いや、これ以上は考えないでおこう。変な期待をするな。
「もう少し、私と晩酌に付き合ってほしいなぁ~……なんて」
ワインの瓶を大事そうに撫でまわしながら、「えへへ」と妖艶に微笑む華菜さん。夕飯のときに口を開けたボトル、まだ中身が残っていたみたいだ。
「ていうか、まだ飲むんですか!?」
「だって相護くん、さっきは飲んでいなかったみたいだし……それにミアの前じゃ言えないこともあるでしょ?」
まるで「これからはオトナの時間よ」とでも言わんばかりに、赤い舌をチロリと見せながら俺の隣に腰を下ろした。
その姿は大人の色気というか、昼間のお淑やかなお姉さんキャラとは別人のようだ。
しかもミアちゃんの前で言えないことって……なんだ?
「もしかして生活費のことですか? 心配しなくても、今のお二人に無茶な要求は……」
「ふふっ、相護くんはそんな酷いことしないって分かっているわよ」
え、じゃあ何を……?
ていうか華菜さん、グラスを持っていないけど一緒に飲みたかったんじゃ?
色々と浮かぶ疑問に首を傾げていると、彼女は直にボトルへ口を付け、そのままクイッと流し込んだ。
「か、華菜さん? ――うぶっ」
呆気に取られていると、華菜さんは柔らかくて暖かい両手で俺の頬を優しく包み込む。
「~~~~っ!?!?!?」
そして彼女はそのまま、俺の唇を強引に奪いにきた。
それもただ奪うだけじゃない。華菜さんは俺の口内に侵入し、瞬く間に蹂躙していく。
同時に果実味のある酸味と渋みが、舌を通して伝わってくる。ワインに負けないくらいの甘美な感覚が脳を痺れさせ、震わせ、そして俺の心を急速に酔わせていった。
――――――
――――
――
「もう、そんなに拗ねないでよソーゴくん」
ベッドに腰掛けてタバコをふかす俺に、華菜さんはしなだれかかるようにして身体を押し付けてくる。
お互いに服を着ていないせいで、彼女の体温が直に伝わってくる……が、気にしないようにしよう。脱童貞ホヤホヤには荷が重すぎるので。
そういえば酔ったと言っていた割に、全然お酒臭くないな。むしろとても良い香りだ。
冷静になった今なら分かる。やっぱりこの人、嘘ばっかり……。
「セックスのあとに冷たくなる男って、女の子から嫌われるよ?」
「……無理やり童貞を奪う女はどうなんですか?」
「あら? ソーゴくんの吸っているその銘柄、私も知っているわ。美愛を産む前に何度か吸ったことがあるの」
「あっ、ちょっと!?」
止める間もなく、俺が咥えていたタバコを奪われてしまった。
それを華菜さんは慣れない手つきで口元に当て、スーッと吸い込む。
「けほっ、けほっ……」
「……もう。無理するぐらいなら返してくださいよ」
そのまま吸わせても勿体ないので、さっさと奪い返す。この人、頭は良いくせに話の誤魔化し方が致命的に下手だよなぁ。
見ればフィルターに華菜さんのリップの跡が僅かについている。
……ってことは、自分の唇やら体にもついているんだろうか。なんだかそう考えただけで、ドギマギしてしまう自分がいる。
そしてそんなことはお見通しな彼女は、固まる俺を見てクスクスと無邪気に笑った。
「はぁ~」
最後のひと口を溜め息と共に吐き出す。
華菜さんがまさかここまで性に貪欲な人だったなんて。彼女歴ゼロの俺には刺激が強すぎました。
それに童貞を卒業する日がこんな唐突に来るなんて、思いもよらなかったよ……。
「やっぱり、おばさん相手じゃ嫌だったかしら……」
「そ、そんな事はないですよ! ……その、よかったです。はい」
そう返すと、ニタァ~と華菜さんは悪い笑みを浮かべる。あぁもう、恥ずかしさで顔面から火が吹き出そうだ。
「うふふっ、嬉しいわ。相護くん」
「ぅぬぁ!?」
突然に抱き着いてくる華菜さんに反応できず、そのまま押し倒される形となってしまった。
おっぱいが潰れる柔らかい感覚と良い匂いが、みるみるうちに思考能力を奪っていく。
「ねぇ、相護くん……」
挑発的に目を細めながら、華菜さんの顔がゆっくりと近づいてくる。
「は、はい?」
「女にも性欲ってあるの、知ってる?」
耳元で囁く声はどこまでも甘く蕩けそうで……そして熱い吐息と共に耳たぶを噛まれた。痛みと快楽が同時に押し寄せてきて、全身がビクリと震える。
そんな様子を心底愉しそうに眺めながら、今度はわざとリップ音を立てるように舐め始めた。
「もし、私たち母娘を匿ってくれている間……」
――華菜さんの少しだけ尖った爪が、俺の胸に優しく突き立てられる。
「私のことを好きにしていいって言ったら……どうする?」




