第0話 オトナのジカン♡
「な、なにをするんですか華菜さん!?」
自分以外の唾液がついた口元を腕で拭い取りながら、俺は悲鳴のような声を上げた。
逃げようとしても、背後は壁。しかも自室のベッドの上だ。
対して彼女は部屋の扉側、そして目と鼻の先にいる。
妖艶な色香をまとう美女、華菜さんは名残惜しそうに己の唇を舌でなぞる。
あの舌がさっきまで俺の中に居たなんて。想像していたファーストキスの何倍もディープだった。
信じられるか?
この人、つい数時間前に知り合ったばかりの元人妻だぞ?
だが彼女は、それだけじゃ終わらせてくれないようだ。俺を逃がすまいと、ジリジリとにじり寄ってくる。
真夜中の侵入者。
闇に溶けそうな艶のある黒の長髪は、薄暗い部屋ですら妖しくその美しい姿を浮かび上がらせる。
彼女の血のように真っ赤な唇からは、ハッハッと短めな吐息が漏れていた。真冬の冷えた空気で可視化された白い息が、こちらまで漂ってくる。
彼女の紅潮した頬は、羞恥心からくるものではない。あれはただ興奮しているんだ。
「ど、どうしてこんなことを……」
「うふふっ。久しぶりのお酒で、ちょっとだけ酔っているのかも」
普段は中学生の母親である華菜さんは、上品で落ち着いた雰囲気を纏う清楚な女性だった。
だけど今の彼女から感じられるのは、間違いなく異性を求めるメスの本性そのものだ。
「……ふふ。そんなに身構えなくても大丈夫よ? これは貴方に支払われるべき、当然のお礼なんだから」
そう言いながら彼女は、谷間の深い胸を見せつけるように自分のシャツの襟を掴み、ゆっくりゆっくりと下にずらしていく。
穿いているホットパンツはまるで下着のように短く、ムチっとした太ももが露わになっていた。
――見ちゃだめだ。早く目を逸らせ。
これ以上目を合わせていたら、もう取り返しのつかないことになる。
「相護くんって、えっちな女は嫌い?」
すでに間近に迫っていた華菜さんは、俺の耳元でそんなことを囁いた。
「(く、喰われる……!?)」
やばい人を拾ってきてしまった。
雨の中で震えていたからって、変な同情をしたのが間違いだった。今じゃ別の意味で濡れまくっているじゃないか。
この人は魔女だ。男を惑わす、恐ろしい魔女だった。ホラーとは違った怖さが、背筋をゾクゾクと震わせる。
「心配しないで。これは私と相護くんだけの秘密よ。だから……ね? 楽しみましょう??」
そんな俺の様子を楽しそうに見つめる彼女の顔はとても美しく、あまりにも危険だ。
「怯えた男の子って可愛い……もっと私にその顔を見せて?」
彼女の瞳に囚われた俺は、身体の震えを止められずにいた。
そんな俺にトドメをさすように、彼女はゆっくりと俺の膝に腰を下ろす。
童貞の俺と違って、百戦錬磨の元人妻なだけはある。男心をくすぐる仕草や行動が、的確に俺の弱点をついてくる。
やがて彼女は俺に馬乗りになり、再び顔を近づけてくる。
「あ、あぁ……」
「ウフフっ。相護くんてば初心なのね」
彼女の潤いのある唇が迫ってくる。俺はただそれを呆然と見守ることしかできない。
華菜さんは自身のホットパンツに片手をかけながら、もう片方の手で俺の下半身を優しく撫でてきた。
そして――――
「あっ……」
完全に密着した身体は互いの体温が混じり合うようで、その心地良さは形容しがたいものだった。
肉付きの良い尻は俺の上で円を描くように揺れ動き、女性特有の香りは思考の全てを奪っていくようだ。
もう何も考えられない。目の前の快楽だけが世界を支配していく。
深淵の縁に立っているような錯覚すら覚えるが、それでもこの魔性から逃れようとは思わずにいる俺がいた。
俺はもう、この人に囚われている――。