#5 ルール、だから成し遂げる
5分ほどかかって、自分宛てのメモは見つかった。
早いか遅いかは微妙なところだが、レモネードのグラスはちょうど空になった。
それに従ってギルド支部の2階へ階段を上がると、ややまばらにテーブル席が並んでいた。
1階の様子と合わせて、なんだか窓口より食事スペースのほうが多い気がする。
何人かが適当なテーブルに着いていたが、下の階のように騒がしくはしていない。
なんとなくピンときた。
こっちは冒険者のはぐれ者や専門職が集まっていて、欠員が出たり依頼の都合で人手が欲しいパーティが、臨時で彼らを雇うというような形式なのだろう。
こんな夕刻に募集がかかることもないだろうから人が少ないのだ。
その中でも片隅の席に、言ってしまえば場違いな格好の女性がいた。
医療教会の式服ではない手縫いの修道服は、町教会に仕えるシスターであることを示している。
言うまでもないが、むくつけき冒険者野郎どもが多いこの場では、結構浮いて見える。
待ち合わせ相手がようやく見つかって、レンは早足でそちらへ歩み寄った。
相手がこちらに気づいて顔を上げるのを見てから、告げる。
「お待たせしました。すみません、遅くなって。なにせ死ぬほど忙しくて」
「あなたが――『ハンペン』さん?」
偽名だ。
医療教会の目がどこにあるか分からないので、師匠の名前を借りることにしたのだ。
同じテーブルにつきながら、レンは首肯する。
「そうです。便利屋のハンペン」
「孤児院を手伝ってくれるという話だったけど――」
「慣れたもんです。子供の世話とか大得意。ぶい」
普通に聞こえる会話だが、符牒のやり取りだ。
秘密の合言葉をいくつか交わして、正体と身元を保証する。
それは済んだ。
対面に座るシスターはしばし考えるふりをしてから、おもむろに席を立った。
「そうね。とりあえず出ましょうか。ここは空気が悪くて」
「私は気に入りましたけどね。落ち着いたら本格的に冒険者をやるのもいいかも」
あながち冗談でもなくそう言いながら、レンも席を立った。
ふたり連れ立って階段を降り、ギルドを後にする。
去り際にちらりと店の中を見やると、さっきぶっ倒した小柄男がこちらに中指を突き立てていた。
どうやら介抱されて目を覚ましたらしい。
こっちからは『処刑』のジェスチャーを返すと、男はビビった様子を見せて、まだふらつきながら慌てて建物の中に引っ込んでいった。
歩き出す。
と、隣を歩くシスターが小声で話しかけてきた。
「……なんだか、聞いていた印象と違うのね。もっと大人しい、普通の子かと」
「普通ですよ――だよ。これが普通の私なの。今まで猫被って生きてきただけで」
「境遇は聞いているわ。聖女様の影武者。大変だったのね」
「それも別に普通だよ。苦もあれば、楽もあったし」
でも、とフードの下でつぶやいて、
「これからは、ちょっと素直におてんばに生きていこうと思ってるよ。私は私のやりたいことをやる。さしあたっては、フランの望みを叶えてあげる」
「聖女様は、いったいなにを……?」
「まずは大掃除かな。身内の膿を出すこと」
すっと前を向いて、レンはその先を続けた。
「医療教会をぶっ潰すよ。腐敗した組織を壊して、本来あるべき姿に戻す。それが正しいことだってあの子は信じてる」
「そんなことを……大勢の人を巻き込んで、死なせることになっても?」
シスターは陰を思わせる表情を浮かべて、うつむいて訊ね返してきた。
レンは即答した。
「それを躊躇わないために、私は力を手に入れたんだよ」
思い浮かべたのは、レン自身が定めた、自らを律する自分だけのルールだった。
自分3か条だ。
ひとつ、死ぬ覚悟を持つこと。
ふたつ、殺す覚悟を持つこと。
みっつ、その上でできるだけ死なないし、殺さないこと。
為すべきことを成すとともに、道を踏み外さないために誓った決意。
自分に戦う術を、無慈悲な殺人術にもなり得る強力な『浸透勁』を授けた師匠から、自分の芯になるものはなにかと問われて出した答えだ。
その力を振るう意義を見失わない限りは、力に溺れることはないだろうと。
シスターはそれを聞いて、目を伏せてかぶりを振った。
つぶやくように言ってくる。
「あなたみたいな子供に、そんな決断を強いるなんて。つらい世の中よね。ひどい話だわ」
「しょうがないよ。本の中でも現実でも、悪いやつってのはいるもんだし。それをなんとかしようって立ち上がって、立ち向かう。主人公はね」
そして主人公には仲間がいる。
聖女には影がついているように。
気楽に笑って、レンは両手を後ろ頭に回した。
「要するに、普通ってことだよ。だからやり遂げる。でしょ?」
「……そうね」
シスターは、こちらほど気楽には笑わなかった。