#4 冒険者ギルド、つまりお約束
ギルドというのはつまり、冒険者ギルドのことだ。
同業者の作る組合、寄り合い所というのはいくつかあるが、一般的にギルドといえば冒険者のそれを指す。
では冒険者とはなにか? といえば、一言では難しい。
最低限説明するなら三言は必要だ。
ダンジョンに潜って秘宝財宝を探るトレジャーハンター、手配書に載った犯罪者を捕らえるバウンティハンター、村々に危害を加える魔物や、あるいは魔物の強靭な肉体自体を目当てに、素材としてそれを狩るモンスターハンター。
この三種類をまとめて『冒険者』と呼ぶ。
とはいえ、レンがそれを知っているのは知識の上のことで、実態を目にするのは初めてだった。
町外れにあるギルドの支部に足を踏み入れるのも、ムワッとした酒と脂の臭いを風として浴びるのも、ドヤドヤガヤガヤとやかましい喧騒に包まれるのもだ。
「……なにを飲む?」
あとまあ、なんとなく足を向けたカウンター席で、陰気なバーテンにそう訊ねられるのもだが。
少し考えてから、レンは言った。
「そうね。レモネードある?」
「ここは喫茶店じゃないぞ」
「見れば分かること言わないでよ、馬鹿っぽい。酒を出すならチェイサーもあるでしょ。なら作れるじゃない、レモネード」
「…………」
今度は向こうが考える番だった。
当たり前だが、レモネードを作れるかどうかではなく、突然現れて生意気を言う小娘を値踏みしたのだろう。
やがてバーテンはうなずいた。
「銅貨30枚だ」
「人と待ち合わせしてるんだけど、来てない?」
言われた額は気にしないまま、会話を進める。
ちなみにここまでのセリフは全部、愛読していた娯楽本のそのまんま引用だった。
早くも会話のレパートリーが尽きてしまったので、あとは出たとこ勝負で乗り切るしかない。
内心の焦りを、レモネードの酸味を想像して誤魔化していると、バーテンが淡黄色のグラスを差し出しながら言ってきた。
「誰とも言わずに、人とだけ言われてもな。ここには色んなやつが集まる。勝手に探せばいい」
「言伝とか、なにかないの?」
「連絡用の掲示板なら、あれだ」
指差した先には言う通り、大きめの掲示板がある。
横長の木板にいくつもの紙片がピン留めされていて、というか、メモが多すぎて店の壁にまではみ出しているくらいだが。
勝手に探せというのは、あの中からお目当てのものを探り当てろということだろうか。
まあそうなんだろうな。
レモネードを片手に嘆息しながら、レンがそちらへ向かおうとすると。
「ヒョウッ! ようお姉ちゃん、人を探してるんだって?」
行く手を遮って、調子良く声をかけてくる男がいた。
小柄だが素早く、油断なく、レンの前に身体を滑り込ませてきて。
レンは足を止めた。
男が立ちふさがったのはちょうど、レンが次の一歩を踏み出そうとしていた位置だったのだ。
そうされては嫌でも立ち止まるしかない。
かなり間近の距離である。
小柄な男とは言っても、それは周囲の(あまり視界に入れないようにしていたのだが)筋骨隆々な冒険者たちに比べてのもので、レンより頭半分は背が高い。
詰め寄られるとそれなりに威圧感がある。
とりあえず手にしたグラスを一杯煽って間を保たせ、それからレンは告げた。
「そうだけど。なにか文句ある?」
「嫌そうにすんなよ、手伝ってやろうか、って話がしたいのさ」
「私は話したくない、かな……」
「お礼は一杯奢ってお酌してくれる、っていうのでどうよ? 悪い話じゃねえと思うんだがなあ」
ここまで聞いて、ようやくレンは話の趣旨を理解した。
「ひょっとしてこれ、ナンパ?」
「そうだよ。気づかねえとはお姉ちゃん、そんなナリしてウブなネンネかい?」
「ダサすぎて気づいてもらえなかった、とは考えないの? ていうか、顔を隠してるような相手を誘ってどうすんのさ」
「ベッドの中じゃ顔なんて関係ないさ。俺、こだわらない男」
むしろ自慢げに言ってくるあたり、一周回って大したやつだと思いかけたが。
どっちみち話は最初に戻るだけだ。
「手伝いはいらない。だから、どいてもらえる?」
「まあそう言うなよ、お姉ちゃん。俺は親切で言ってるんだぜ? ……だったら、俺が親切なうちに話をつけるべきだと思わねえかい?」
と、言った瞬間に男の気組みが変わる。
馴れ馴れしく軽薄なそれから、暴力の臭いをちらつかせる破落戸の気配へ。
「……なるほどね」
つぶやいて、納得する。
ここまでおおむね、昔から本で読んで心躍らせてきた『冒険者ギルド』とほぼ同じだ。
師匠から聞いていたイメージとも大体一致する。
実物は想像よりちょっとだけ、いや、かなり臭いし小汚いものではあったが。
ただそれよりも、レンの心にあったのは『ワクワク』だった。
これが外の世界、これが現実なのだ。
酒臭い空気も、料理から跳ねた脂の匂いも、周囲のニヤニヤした目線も、目の前のちんぴら男も、そのたたずまいに感じるかすかな恐怖感も。
すべて呑み込み、そして、歓喜した!
「そういうことなら、お言葉に甘えて」
「へっへへ。聞き分けがいいじゃねえか。じゃあバーテン、ウィスキーを一杯ずつ――」
言い終わる前に、男はその場にばったりと倒れ伏した。
身体の中央からへし折れたように、床に上体を突っ伏して、尻だけ持ち上げた体勢で悶絶する。
「あ……か、ぁ……っ!?」
喘鳴めいたうめき声。
それを聞いて、周囲を囲んでいた冒険者たちがざわつく。
「――な、なんだ? 今、なにが……」
「あの小娘がなにかしたのか?」
「あいつが勝手に倒れたんじゃ――」
瞬前、彼らの目に映ったのはおそらく、レンが軽く男の懐に踏み込んだのと、そのみぞおちに手のひらで触れたことぐらいだろう。
なにが起こったのかを正確に把握できた者がいたか?
それが見抜かれるぐらいのものか、どうか――レンは慎重に周囲の目を見回して、確認して。
「分からない――本当に軽く、すれ違ったくらいにしか――」
そしてはっきりと、自分の技術はこの世界で通用するものだと確信する。
突っ伏した小柄男の、突き出した尻を蹴っ飛ばして床に倒す。
そして振り返って、カウンターのほうに告げた。
「マスター。レモネードの代金はこいつ持ちでよろしく」
「あ、ああ……わ、分かった。目を覚ましたら、伝えておく」
「ありがとー♡」
弾むように答えて、まあ実際スキップしたいくらいの心地で、改めて巨大掲示板のほうに向かう。
さすがに今度は声をかけてくる人物はいなかった。