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#3 突然の死!!だけど問題ない

「さて――」


 と、レンはつぶやいた。

 雑踏に紛れ、人いきれに潜み、フードの下に隠れるように歩きながら。


 今のところ、誰もレンの姿に気づいた様子はない。

 かえって拍子抜けしたくらいだ。

 活気のある町並みに顔を隠した女がひとり、逆に考えて当たり前だが、いちいち誰も気に留めないのは当然のことではあるが。


 目的地のあてはあったものの、そこへ直行するわけにはいかなかった。

 まだ約束の時刻まで間があるから、というのもあったけれど、それ以前に。


(――――)


 尾行があったことには気づいていた。

 宮殿を出てからほどなく、間もなく――つまりはまあ、ほとんど最初から。


 町の通りをいくつか迂回して、気取られないように観察した結果では、おそらく二人組の男。

 そう容易く看破できたのは、男たちが油断していたから……それもあるが。

 単純に、素人のごろつきを雇っただけだろう、ということもレンは察していた。


 あくまで素知らぬ顔をしながら、呑気に町のカフェで軽食をつまんで、適当に時間を潰した。

 動きがあるとすれば日が傾いてから。

 道理というよりなんとなくでそう考えて、焦るでもなく時間を過ごす。


 そうして昼下がりを過ぎて、夕方に差し掛かった頃――


「…………!」


 ふらりと、何気ない足取りで路地の陰に入り込んだところで、動きがあった。

 追ってくる、やや興奮気味に、先回りするようにして。

 それをやはり勘で把握しつつ、そのまま、路地裏を進んだところで――


「きゃっ……!」


 横合いから突き飛ばされ、勢いに押されて倒れ込む。

 舗装もろくにされていない地面だが、踏み固められた硬い土に膝と腕がぶつかって痛みを覚えた。


 レンは、目を白黒させて……というか、ちゃんとそう見えるかなーと半分自信なく、ぶつかってきた人影のほうを見上げた。

 夕闇に建物の影が重なって、ほとんど輪郭だけだが、分かる。

 大柄で筋肉質の男がひとりと、その後ろからもうひとり男が進み出てくるのが。


「へへへ……」


 下卑た声で笑いながら、後ろの男が懐からナイフを抜き取る。

 それを見せびらかすようにしながら、続けた。


「恨みはねえが、死んでもらうぜ。お嬢ちゃん」

「あぐっ!」


 最初に殴りかかってきたほうの男が、レンの身体を強引に引き起こした。

 投げるような勢いで建物の壁に叩きつけられ、かはっ、と息が切れる。


 直後、炎の槍に貫かれたような衝撃に、レンは総身を震わせた。


 痛みの中心は身体の真ん中、肋骨の下あたりか。

 ナイフを腰溜めにした男が、体当たりするようにしてレンの身体を貫いてきたのだ。

 そんな大雑把な一撃で、狙ったわけでもないだろうが、おそらく刃先は心臓のある位置を抉っていただろう。


 筋肉が収縮する前にナイフが引き抜かれ、血しぶきが散った。


「か……ひゅ……」


 急速に襲ってきた虚脱感、失われていく血液の喪失感に抗えず、レンはその場に倒れ伏した。

 薄れていく意識の上で、男たちの会話へ虚ろに聞き入る――


「簡単な仕事だったな。これで報酬が銀貨20枚とは、恐れ入るぜ」

「ああ。つっても、女ひとり殺すのにお楽しみナシってのはつまんねえな。今からでもひん剥いて……」

「やめとけやめとけ、もう死んでるさ。大体がとこ、あの偉そうな神官に聞いた話じゃ、医療教会から逃げ出した病気持ちだろ? 感染ったら馬鹿らしいだろうが」

「ははは、違えねえや」


 そのまま、声と気配は遠ざかっていく――

 完全にそれが途切れるのと、レンの意識が寒気に呑まれて消え果てるのと、どちらが早いかは微妙なタイミングだったが。


 どうであれ間に合った。

 ぎりぎりのラインで意識の平衡を保ちながら、心で念じて、声を紡ぐ。


「――月の光は純血、女神の抱擁、清浄なる祈りをもって我が身を抱き清めたまえ。

大治癒魔法(エクストラヒール)』」


 止まりかけていた声帯が、しかし滑らかに呪文を唱えてそらんじる。

 瞬間、体内から流れ出していく熱と血の流出が止まった。

 どころか、失ったはずのそれらが、大気に溶けたぬくもりと大地に流れ出した赤い血潮が、まるで時間を遡るようにぞるぞると蠢いてレンの体内へ収まり戻っていき――


 そして。


「ふうっ」


 軽く一息つくと、レンはぴょんと跳ねるようにしてその場に身を起こした。

 立ち上がって、ぐーぱーと手をにぎにぎして調子を確かめる。


 どうやら問題なさそうだ。

 上手くいった。

 こんな“死んだふり作戦”で大丈夫かなと不安だったが、思ったより(ちょろ)い相手が来てくれて助かった。


 ちょっとばかりコツはいるが、魔法とは意思によってあり得ざる現象を、つまりは奇跡を起こす御業だ。

 呼吸が止まっていても、意思の流れさえ止めなければこんな芸当もできる。

 もっとも、こんな外法めいた治癒魔法の使い方をするのはレンくらいだろうなと、彼女の師匠も呆れていたが。


 その自分を鍛えた師匠と、治癒魔法を教えてくれた聖女様(フラン)に感謝しながら、レンは何度か咳払いした。

 胸のあたりに残った血の塊をぺっぺっと吐き出して、つぶやく。


「とりあえず、これで医療教会の追っ手は撒けた……かな」


 身体を張った渾身の一発芸で、これで一日も誤魔化せなかったらちょっと泣きたくなるが。

 ともかく、本当の意味で、これでレンは自由の身だ。


「死体が見つからないことに大神官たちが気づくまで、どれくらい時間が稼げるかな……」


 正確には分からないが、何日も無駄にできるほどの猶予はないだろう。

 急がなければ。


 わずかにだけ血痕の残った路地裏から、レンは急ぎ足で立ち去った。

 服の胸元が大きく裂けてしまってるけど、これどうしようかなあと考えながら。

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