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#2 聖女、そして和気あいあい

「ずいぶんバッサリやったのね。思い切りがいいというか、なんというか……」

「そう?」


 困ったように笑う少女は、レンとよく似た顔立ちをしていた。

 それも、ほとんど双子のようにそっくり同じ顔だ。

 鏡の前に並んで立って、顔のパーツだけを比較するなら、ほとんど見分けがつかないくらいだ。


 ただふたつ、違う点は。

 既に軽めの旅装に着替えているレンと違って、彼女は教会の式服を見事に着こなしていることと。

 レンの銀色の髪とは対照的に、彼女の髪は太陽の輝きを写し取ったような金色をしていること。

 あとは――


(――少し前までなら、それだけだったんだけどね)


 胸中で付け足しながら、レンは自分の短い髪に指先で触れた。

 ついさっきまでは隣の少女、『癒やしの聖女』フラン・セラフィアと同じ髪型だったものを。


 今はみっつ目の違いがある。

 くりくりと毛先をいじりながら、レンはつぶやいた。


「軽くて涼しいよ、このショートヘア――ううん、ベリーショートかな? 動きやすいし、旅に出るにはぴったり。フランも切っちゃえばいいのに」

「そういうわけにいかないでしょ。教会の聖女のイメージがあるんだから」

「イメージ、ねえ。じゃあ本音は?」


 からかうように問いかけると、フランは少し困ったように眉根を下げた。

 それから表情を緩ませて、破顔するように大きく笑うと、


「ずるい。羨ましい。すっごく可愛いよーレンー!」

「あっははは、フランならそう言うと思った! その顔が見られただけでも切った甲斐があった、かな?」

「もうっ!」


 といっても、ほとんど同じ顔なんだけど。

 内心でだけ突っ込んでいると、やがてフランが嘆息してみせた。


「……本当にいなくなっちゃうんだね。レン」

「そんな悲しそうにしないでよ。代わりにフランは結婚相手ができるんでしょ? しかもそれが王子様だなんて、女の子的には憧れのシチュエーションじゃない?」

「私が『聖女様』でなければね。要は教会の勢力を強めるための政略結婚だもの。女の子の憧れとは正反対」

「いきなり宮殿をほっぽり出されて根無し草、とどっちがマシかな?」

「一番いいのは、ふたりでずっと一緒にいられることよ。でしょ?」

「それは間違いないね」


 言い合って、しばしふたりで笑い合う。


 それでもしばらくしてから、フランがふうと一息ついた。

 懐から布包みのようなものを取り出しながら、告げてくる。


「これ、餞別にって思って、持ってきたんだけど……なんだか嫌味みたいになっちゃったな」

「なにこれ?」


 受け取って包みを開くと、そこにあったのは、髪の毛の一房だった。

 輝くような金色のそれは、見間違えるはずもない、フランのものである。


 じゃっかん身を引くようにしながら、レンはつぶやいた。


「え……いきなり自分の髪の毛を贈ってくるとか、なにそれ、こわ……」

「違うわよっ! 聖女が手ずから聖別した髪――って、出自を明かすわけにはいかないか。町の質屋に持っていけば、珍しい金髪はいい値段がつくでしょ」

「冗談、冗談。でもなるほどね、これなら荷物にもならないし、いい餞別だわ。ありがとうフラン」

「どういたしまして」


 と、またため息をつきながら、フランが言ってくる。


「でも、代わりに私もレンの髪をもらったからね。さっき、散髪をした女中さんに頼んで、同じように一房包んでもらったの」

「え……切って捨てた髪の毛を拾って私物にされるとか、こわ……」

「だから違うってば! い、いいじゃない交換なんだから、あなたが損するわけじゃないでしょ!」


 微妙に『じゃあどう違うの?』と突っ込んで聞いてみたかったが、なんとなくレンはやめておいた。


 代わりに、別のことを訊ねる。

 部屋の前に人の気配がないことを確かめ、それでも声を低く抑えながら。


「……婚約相手の王子って、味方にできそう?」

「まだ読めない。クロではない……と思うけど、それを探ろうにも隙がなくて。ごめん」

「謝らないで。王国が生半(なまなか)な相手を差し出してくるはずないって、それは分かってたでしょ」

「それもだけど。レンが危険な目に遭うって分かってるのに。これ以上の支援ができなくて」


 それを聞いて、レンはハッと笑った。


「殊勝なことを言うようになったじゃない? 寝小便(おもらし)を私のせいにして、お世話係から逃げ回ってたような子が」

「む、昔の話でしょ!? なんで今さらそんなこと蒸し返すかなあ!」

「あの頃はお姉ちゃんお姉ちゃんって、私の後ろをついて回ってたよねー。誕生日なんてどっちが先か分からないのにさ。可愛かったなぁー」

「むー」


 すっかりむくれた様子で、フランが頬を膨らませる。


 と、部屋のドアが開いた。

 そこから顔を見せたのは――噂をしたからではないだろうが、ふたりの世話係を務めていた高齢のシスターだ。


「レン様。もうそろそろ――」

「分かった。じゃあね、行ってくるよフラン。結婚式、出られなくてごめんね」

「うん……レンも。元気でね」


 そう言葉を交わし合って――


 それから、レンは宮殿の裏口から、こっそりひとりで出ていった。

 シスターの見送りも途中までで、すぐにひとりきりになる。


 フードを被って顔を隠しながら、町のほうへ向かった。


(まずはこれでいい――ひとまずは)


 流れに逆らえない以上、そうするしかない。

 できることは、できるだけ上手く流れに乗ることだけだ。


 やがて表通りにたどり着くと、レンは人波に隠れるようにフードを目深にした。

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