#1 追放、そして抜け目がない
「聖女の影武者、レン・チアマイン。貴様はクビだ!」
開口一番、部屋にやってきた大神官にそう言われて――
長い銀髪をシーツのようにベッドに垂らし、それが汚れるのも構わずお菓子をぱくつきながら、冒険譚を綴った娯楽本をペラペラめくっていた彼女は。
つまりはそれがレン・チアマインという自分なのだが。
おっくうな気分を隠しもしないまま、だらけきった目を部屋の入口に向けた。
「んうぃ?」
そこに立っているハゲ頭の中年、つまりは大神官の、鼻息荒く意気込んだ顔を見やる。
半ば怒りめいて顔を紅潮させている姿は、儀式の場などで見せる厳かな表情とはかけ離れていた。
タコめいた顔つきがゆでダコのように赤くなって、まあ見た目には面白い。
ともかくその大神官のほうを見やって、レンは口を開いた。
「なんですかね、クビって。寝耳に水なんですけど?」
「以前から言っていただろうが! 我が医療教会の癒やしの聖女――フラン様は、王国の第一王子と正式に婚約を結ばれた。ゆえに、影武者という表沙汰にできない存在の貴様は、今後誰にとっても邪魔になるのだと」
「あー、そっか。フランは結婚するんだっけ? それはおめでたいよねー、おめでとー」
「ぐがー! 聖女様を気安く呼び捨てするなと、あれほど――! ええい、そんなことはもはやどうでもいい!」
ばたばたと両手を振りながら、大神官がわめく。
タコが足を振りたくっているようにしか見えないが、ともかく続ける。
「今すぐ荷物をまとめて、この大聖堂付きの宮殿から出て行くがいい! 本日この時をもって影武者の役は解任、もはや貴様は用済みだ、国外追放を命じる!」
ざまぁ、とでも言い足しそうな面持ちで、大神官が叫んだ。
……こんなこと、大声で言うような内容ではないと思うのだが、まあそれは別にいいだろう。
ともかく、そこまで言われてから、レンはようやく自分の立場を理解した。
長い銀髪を引きずるようにしながら、ベッドから床に降り立つ。
肩を落としたその様子を見やって(だろう)、大神官が続けて言ってくる。
「そうそう。言うまでもないが、貴様のその風貌は目立つ。なにせ聖女様の影武者だからな、髪の色は魔法で誤魔化してきたとはいえ――」
「やったー! ようやく切っていいんだねこの髪! ずっと鬱陶しかったんだよねー、長いとお手入れも大変で!」
「だえ、あ、うん?」
言いかけたところに、レンは思いきり伸びをしながら叫んだので、後半はよく聞き取れなかったが。
構わずにレンは銀の髪を一房つまんで、ひとりごちるように言った。
「フランと離れ離れは寂しいけど、迷惑かけるわけにはいかないもんねえ。なにせ影武者っていうだけあって、私たち顔や背格好がそっくりだから」
「そ、そうそう、そうだ。儀式の場では化粧や装飾で隠してきたが、それでも貴様の顔は聖女様の生き写しだ。そんな者が市井をうろつけば、いらぬ噂が――」
「もうキャラ被りを気にせずに、好きな服を選んでいいんだね! やったー、教会の式服って重苦しくて苦手だったんだよー!」
「うええええ?」
大神官の声が妙な具合に上滑りする。
肩透かしを食ったように、その肩ががくっと落ちた。
小首を傾げながら、レンは訊ねた。
「どうしたの、大神官様。なにか不思議なものでも見たような顔して」
「い、いや……その、つまりだな。それでも無用なトラブルを避けるために、国境を出るまでは」
「とりあえず隣国につくまでは、フードで顔を隠しておいたほうがいいよね? 万一にでもフランと見間違えられたら面倒なことになるだろうし。あ、でも最後にフランに挨拶してきていい? ちゃんとこれまで私がこなしてた式典や挨拶回りとかの引き継ぎ、口裏合わせもしとかなきゃマズイでしょ?」
「う、うむ。そうだな……」
当然のことを言ったまでだが、大神官の顔はますます複雑さを増していった。
なにか歯に物が詰まったような、言いたいことも言えないような表情で。
そんなことには構わず、レンは意気揚々と荷物をまとめ始めた。
といっても、地味な布服をタンスの奥から引っ張り出して、あとは日記帳と護身用の短剣を軽めのカバンに詰めるくらいだが。
ちら、と大神官のほうを見やる。
まだ部屋の入口近くにたたずんでいる彼に、レンは告げた。
「まだなにかあるの?」
「い、いや。それだけだが」
「じゃあ着替えるんで出ていってもらえます? 乙女の着替えをのぞくのは痴漢ですよ、犯罪ですよ、大声で人を呼びますよ?」
「…………」
そこまで言うと、なんか、大神官は肩を落とした様子できびすを返した。
開けたままのドアから出ていって、ぱたんと閉める。
それを見届けてから、しばし――
レンが動きを止めて、耳を澄まして待つと。
「――相変わらず、妙な小娘だ。だが、愚か者め。これからなにが起こるのかも知らずに――」
こっそり聞こえてきた声に、「それはどうかなー」と口の中でだけ返事する。
それから支度を整えると、レンは、長年暮らした部屋に別れを告げた。
新連載です。
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