98.以外に泣き虫です
狼姿のラウルは三日三晩走り続けていた。
一刻も早くランベール王国へ帰る為だ。
その間も心結に言われた言葉と……
最後に見た切なそうな顔が忘れられなかった……。
〈俺は自分でも気がつかない程……心結の事が……〉
どうしようもない後悔と葛藤がラウルの心に渦巻いていた。
その道中切なそうな狼の遠吠えが何回も辺りに響いた……。
「ただいま戻りました」
なるべく冷静を保ちながら、ジェラールの前に立った。
「ラウルようやく戻ったか。
お前が心結ちゃんを迎えに行っている間にこちらは
とんでもないことになっているぞ」
相変わらず豪快に笑ってラウルを出迎えるジェラール。
「こちらもいくつか収穫がありました」
ラウルはいつものように淡々と答えた。
「さすが俺の執事だ!
では、お互いに情報のすり合わせを行うか」
ジェラールは金の目を細めた。
「先日の事だ、ある貴族の護衛騎士達が簀巻きにされ
うちの門の前に転がされていてな。
発見した時はおったまげたぞ……。
しかしそこから面白いことが幾つかわかってな」
ジェラールは楽しそうに口角をあげた。
「そいつらはおそらくモンチラがここまで
運んだのでしょう。
どうやら秘密の場所でひと悶着あったみたいですから」
ラウルはニコリともせずに冷徹な表情で語った。
「そうらしいな。
そのせいかわからんが……
先日シーブル王国の大臣が一人罷免されたぞ。
それから出るわ出るわ……黒い証拠の数々が……。
今の国王が退位するのも、時間の問題だろう」
「こちらサイドの方は進んでいるのですか?」
「それがトカゲの尻尾切とでも言うのか……。
小者ばっかりの証言でな……
肝心の黒幕までなかなかたどりつけん。
なんせ証拠がないからな……。
下が勝手にやった事だとしらを切りとおすつもりらしい」
ジェラールは忌々しそうに唸った。
「それならば……これを」
ラウルはジェラールの執務机の上にコトリとそれを置いた。
心結から託された薔薇の紋章の懐中時計だ。
「これは…………!!」
それを見てジェラールは驚きのあまり吠えた。
「よくやった、これでようやく息の根を止められそうだ」
ジェラールは獰猛な顔つきで笑った。
「ところで心結ちゃんはどうした?
イリス達のところか?」
「…………」
そうジェラールが言った途端、ラウルの顔から表情が消えた。
「ラウル…………?お前……」
ジェラールはぎょっと目を見開いた。
何故ならラウルがボタボタと涙を流していたからだ。
「なんでしょうか……」
「お前……泣いているのか?」
そう言われてラウルは初めて自分が泣いていることを自覚した。
「…………っ」
自覚したとたん更に涙が溢れとまらなくなった。
嗚咽が漏れないように、口元を片手で塞いだ。
「何があった……心結ちゃんと喧嘩でもしたか?」
優しく問いかけるが、ラウルは無言で涙を流したまま
首を横にふるだけだった。
「ラウル…………」
子供に呼びかける様にジェラールは再度優しく名前を呼んだ。
なんとか呼吸を整えてラウルはポツリと言った。
「…………さようならと言われました」
「…………!!」
ジェラールはあっけにとられていた。
まさかそんな展開になるとは、微塵も思っていなかったからだ。
「これからは一人で生きて行くと…………
自分は異世界の者だからいずれは消えていなくなる。
だから気にしないでほしいと」
ラウルは絞り出すように言った。
「おま……なんでそんな事に……」
ジェラールも流石に言葉をなくした。
「…………俺の不徳の致すところです……っ……
俺が……心結を追い詰めた……」
そういうと唇をかみしめた。
ジェラールはラウルの狼狽ぶりから何があったのか
おおかた察した。
〈こんなにボロボロになって……
耳も尻尾もボサボサで色男が台無しじゃねぇか……〉
「振られたのか……」
「振られるどころか……はじまってもいません……
ただ……もう……俺の事は……
信用してくれないでしょう……」
ラウルの瞳が悲しみに染まっていた。
「お前がこんなに泣くのは20年前のあの日以来だな」
「…………」
「あの時のお前は可愛かったなぁ~。
ピイピイ泣きながら……
ジェラール叔父ちゃまとかいってな~」
ニヤニヤしながら揶揄うように目を細めた。
「過去の事実を捏造するのはやめて頂けますか……」
泣きながらも不満そうに顔を顰めるラウル。
「ハハハハハ!
今日もあの時くらいべそをかいているぞ、お前」
そう言いながら、優しくラウルの肩をとんと叩いた。
「ごくろうだった。しばらく休め」
そう言うと部屋を出て行った。
ラウルはそのままソファーに座り……俯いた。
〈ありがとう、ジェラール叔父さん……〉
そのまま一人ひっそりと泣いた……。




