96.秘密の約束
子供たちの真剣な懇願するような眼差しを浴びていた。
(まいったな……そんな目でみられると心が揺らぐ)
しかし駄目なものはやっぱり駄目だ。
ここはちゃんと言ってわかってもらわないと、うん。
心結はなるべく穏やかに切り出した。
「二人の気持ちはわかった。
でも大人の人から入ってはいけないと言われている場所だよね
それは危険な場所だからだと思うの」
二人は黙って頷いた。
「そんなところに、モンチラちゃんを連れて行くのは
ちょっと厳しいかな……。
ちゃんとラオさんに話をしてから……」
「駄目なの!!」
心結の言葉に食い気味にフェリィちゃんは叫んだ。
この小さい身体の何処にこんな力があるのだろう。
「大人の人は駄目なの。
エリゼちゃんは大人の人が怖いの……」
(私は大人のカテゴリーに入らないのかい?
ガッツリ詳細を話してくれているけど……)
「…………」
心結は困ったように微笑んだ。
そんな心結と目が合ったキールは、少しきまり悪そうに
怒った声で言った。
「フェリィ、この話はもう終わりだ。家に帰るぞ」
キールは立ち上がって、少し強引にフェリィの手を握って
立ち上がらせた。
「お姉さん、今日はありがとうございました。
ほら、フェリィもお礼を言って」
「…………ありがとうございました」
フェリィちゃんは拗ねながらも頭をさげていた。
「はい、いっぱい遊んでくれてありがとう。
気を付けて帰ってね」
『キュッ、キュ……』
モンチラちゃんも名残惜しそうに鳴いた。
二人は何度も振り返りながら、部屋を後にした。
それから数時間……
ようやくラオは部屋に戻ってきて驚いた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました……
って……これは何ですか……」
ダイニングテーブルには、暖かい食事が用意されていた。
「えっ?晩御飯だけど。
ごめんなさい。お腹すいちゃって!
其処らへんにあるもの勝手に使っちゃいました」
心結はへにゃっと笑うとまた新たに料理をテーブルに置いた。
「あっ、晩御飯は食べない派でしたか?」
「フゥ…………」
〈どうしてこうなるのですかね……。
人型ってみんなこうなのでしょうか?
いや違いますね、この人だけでしょう……〉
予想だにしない心結の行動に狼狽するラオだった。
「冷めないうちに食べてくださいね」
『キュッ……キュッ』
モンチラが美味しそうに心結の料理を頬張っているのを
横目に見ながら、ラオは席に着いた。
と、とたん腹の虫が鳴った。
「フフ……本当はお腹すいていましたね」
〈何処の世界に無理やり攫われてきた相手に……
いや、それ以上でしたか……。
殺されかけあまつさえ商品のように
他の男に渡そうとしている者に晩御飯を振舞う馬鹿が
いるのでしょうか〉
呆れながらも、まじまじと心結の顔を見てしまった。
「ん?毒などは入っていませんよ」
揶揄うように笑いながら料理をすすめてきた。
「あいにく毒には耐性がありますので」
「さすが“コウモリ”ですね。
つまんないなぁ……。
毒殺は無理かぁ……他の手を考えないと」
心結は更にニヤニヤしながらパンを美味しそうに食べた。
色々な事を考えるのがバカらしくなり……
ラオはやけくそ気味に煮込み料理のような物を一口食べた。
「……美味しい……」
思わず声が漏れていた。
「よかった……。
ありあわせで作ったから自信がなくて……」
照れながら心結は嬉しそうに破顔した。
〈こんなにも暖かい食事はいつぶりだろうか……
あんなことが起こらなければ、私もこのような穏やかな日々を
過ごしていたのだろうか……〉
ラオは眩しいものでもみるようにこの光景をみていた。
しかし同時にどこか他人事のようにも感じていた。
食事も中盤になり、あれこれこの町の事を話していると
一人の若いコウモリ獣人の女性が訪ねてきた。
「ラオ様、お食事中に申し訳ございません」
その女性は切羽詰まった顔をしていた。
「実はキールとフェリィが戻って来ないのです。
今近所の人達も含め探しているのですが……
全然見つからなくて……」
そう言うとその場に泣き崩れた。
心結はパンを喉に詰まらせそうになった。
(えぇ……!! この女性は二人のお母さんかな!?
まさかあの後……エリゼちゃんの元に!?)
いやな考えが過って、背筋に冷たいものが走った。
「近所の子が言うには、最後に訪れたのがラオ様のお屋敷だと
言うものですから……」
そう言いながら心結をチラッとみた。
(まさか疑われている!!)
そんな視線に気が付いたのか、ラオはきっぱりと言った。
「この方は私の客人です。
決して二人に危害を加えるようなまねはしません」
若い女性はハッとなって、心結から視線を逸らした。
「大変失礼いたしました」
「誤って外にでた形跡がないか、門番たちに辺りを捜索させます。
私もすぐ探しに行きますから、どうか気をしっかり持ってください」
「はい……お願いいたします」
若い女性は涙を浮かべながらラオの部屋を後にした。
「フゥ……。困りましたね」
「どこかで遊んでいるのでしょうか?」
「ありえませんね、この中は行ける場所が限られています。
それならば、もう見つかっています。
ましてや外から外敵が入ることはまずないはずですし……」
ラオの鋭い視線が心結に注がれる。
「私が席を外した後、何かありましたか?」
「…………特には……」
(どうしよう、話してもいいのかな……。
二人と決して誰にも言わないって約束したんだけどな……
そんな事いっている場合じゃないよね、これ)
「そうですか……」
そう言いながらもラオの視線は、心結を捉えて離さない。
(完全に疑っているな。
そうだよね~そうでしょうね~天下のコウモリ様だもの)
この男はあらゆる方面でのスペシャリストだ。
敵を捕らえて情報を吐かせる事なんか朝飯前だろう。
そんな男が小さな変化を見逃すわけがない……。
心結のわずかな動揺はすでに感じ取っているのだろう。
ラオはいつものように意地悪な顔で言った。
「優しいのがお好みですか?
それとも痛いのが……」
心結は思わず後ずさった……。
しかしラオは逃がさないとばかり両手首を掴んで引き寄せた。
「選ばせてあげますよ……。私は紳士なので」
(ヒィィィィ……また危険回避スキルがMAX発動しているし
優しい拷問ってなによ……。怖すぎる!!
やっぱりこの人変態コウモリだよ!!)
熱っぽい瞳のラオに、至近距離で見つめられ……
心結は恐怖で震えた。
「どちらも遠慮いたします!!」
心結は半ば叫ぶように言った。




