93.背負っているもの……
セレスト王国は空を飛べる獣人が多く住む国だった。
平地はほとんどなく……
国土の大部分を占めていたのが、険しい山と谷だった。
地形のせいもあるだろう。
この暮らしに馴染めないものはこの国を去っていった。
よって残った者は必然的に空を飛べる者たちになった。
それでもその地形を生かし、人々は山の恵みを受けて
平和に暮らしている国だった。
国王はコウモリの獣人だった。
穏やかで慎ましく、空の神を大事に敬う思慮深い王だった。
ある時王は、イヌワシ獣人の娘と恋に落ちた。
それは側近の一人の妹であった。
二人は密かに愛を育み、一人の息子を授かった。
しかし平和な日々は続かなかった。
イヌワシ獣人の父親は、二人の関係を許さなかったからである。
側近である息子を唆し、コウモリ獣人の国王を暗殺した。
もともと鳥一族の獣人達は、自分たちの方がコウモリよりも
優れていると日頃から感じていたのである。
しかし古くからこの国に根を下ろし……
ここまで発展させてきたのは、コウモリ獣人だった。
だから反逆する機会を密かに虎視眈々と狙っていたのだ。
その事件を皮切りに、コウモリ獣人達は鳥一族達に追われ
たくさんの者が命を……。
「落としたとさ……」
なんでもない昔話のようにラオは心結に語った。
「ラオさん…………」
心結は言葉に詰まった。
なんと言っていいかわからず悲痛な顔をしてラオを見上げた。
「この町は……その生き延びたコウモリ獣人が
ひっそりと暮らす町なのです」
(だからあんなにも町の人々は、子供たちは……
他の獣人を怖がるのね……)
「ラオさんは……生き残った王子なのですね」
「はい……。そうです……。
あの事件が起きた日は、他国に訪問に行っていました。
父の代わりに私だけが数名の側近と国を離れていたのです」
「命拾いしたのですね……」
「今思えば……
何かを察知していて逃がされたのかも知れません。
一緒に出掛けた側近は信頼のおける者たちばかりでしたから。
それから十年近く国には帰ることはできませんでした」
ラオは遠くに見える城を切なそうに見上げた。
「生き残るためには、名をあげるしかなかった。
何者にも負けない力が欲しいと思いました。
私は幸いスキルに恵まれましたからね。
今ではなく子も黙る“コウモリ”として活躍しております」
そう言って自嘲するようにラオは笑った。
「何故……私たちが仮面をつけているかわかりますか?」
「目の能力が弱いからですか?」
(確かコウモリって、ほとんど目が見えないって
何かの本で読んだことがあるな……。
その代わり超音波を出して物を認識しているんだよね)
「それも一理ありますが……。
あなたの言った通りこの目が宝石と同じ価値があるからですよ」
ラウルは怒りの為か、窓枠が砕けるのではないかと思うくらい
桟をきつく握っていた。
「昔……あの男に何度も言われました。
目が気味が悪い、私をその目でみるなと……。
汚らわしいと何度も……何度も言われたものです」
あまりにもきつく桟を握るので、血が滲み出ていた。
「ラオさん!! 手を放してください」
心結は慌てて、ラオを窓から引きはがした。
(ラオさん……。
だからあんなにも顔を見られる事に怯えていたのね)
トラウマになっているじゃないの!!
イヌワシ獣人のハゲオヤジめ!許さん!!
会ったこともないイヌワシ獣人を……
心の中で罵倒する心結であった。
心結はソファーにラオを座らせると再び傷の手当てをした。
なおも淡々とラオは話を続ける。
「国に帰れず、他国を放浪していた時の事です。
ある国の宝石店のウィンドウをみて愕然としました。
“ブランプリュネル”という宝石が飾られていました。
その白く輝く宝石は、同胞たちの瞳でした……」
心結はヒュッと息を飲んだ。
恐ろしくて顔が引きつった……。
「あの男の仕業です。
そんなにまで娘をコウモリ如きに取られたことが
悔しかったんでしょうかね……」
とんでもない所業に罵詈雑言を死ぬほど浴びせてやりたい
気持ちになり心結は憤った。
「イヌワシ獣人のハゲオヤジめ……許さん!!」
いきなり叫んで立ち上がった心結に驚いたように
目を丸くしながら、その後またもや爆笑した。
「アハハハハハ……ハゲオヤジとは……。
結構酷い言われようですね……ククク。
残念ながら禿げてはいませんけどね……ククククク」
「私……心の声が出ちゃっていました!?」
心結は恥ずかしそうに頬をそめた。
「なので私たちは安全の為に……
大人も子供も全員仮面をつけて一生過ごすのですよ」
「ラオさん…………」
泣きそうなラオの顔を心結はそっと胸へと抱きしめて
優しく頭を撫でた。
(本当にお人よしの人型聖女様ですね。
私にあんな酷いことをされたにもかかわらずこれですか
もうちょっと危機感を持って頂きたいですね)
そう思いながらも人知れずラオは一筋の涙を流した。
それがまた膝には落ちずに何処かに消えた。
「…………聖女様」
「なんでしょうか」
ラオは心結の腕の中から顔をあげると真顔で言い放った。
「もう少し私としては育って頂かないと……
物足りないんですけどね……残念です」
ラオの視線は心結の胸へと注がれていた。
一瞬何を言われているかわからなかったが
その意味が分かると心結は叫んだ!
「この変態コウモリ!!」
心結のパンチは空を切った。
コウモリに一発お見舞いするのは至難の技らしい。
『キュキュッ!!』
モンチラまで乱入してきて大騒ぎになった。
「フフ……見かけによらず凶暴な方だ」
そこには人が見たら信じられない程
楽しそうに笑うコウモリがいた。




