91.大切な物……
あれから特に抵抗するわけでもなく……
心結は黙ってコウモリの後をついて歩いていた。
「逃げないのですか?」
コウモリは楽しそうに振り返って心結の顔をみた。
「逃げて何処に行くというのですか……。
あなたこそ、私をセラフィン殿下に差し出さないのですか?」
心結は心の籠っていないガラス玉のような瞳で
コウモリを見つめた。
「そんなにあの男に裏切られたのが堪えましたか。
可哀そうに……
私が優しく慰めてあげますよ」
そう言ってコウモリは心結の腰を引き寄せて
息が掛かるくらいの距離でみつめた。
指先で耳をなぞり、頬をつたい顎を掴んで上を向かせた。
そのまま顔を近づけていったが、途中でやめた。
「…………」
(一切の抵抗はなしですか……)
「つまらないですね……。
今のあなたじゃ、そんな気にもなりませんね。
もっと嫌がって頂かないと」
そう言うと……
指先は首筋をつたい……胸元まで降りようとしていた。
(この変態!!)
心結はさすがに我に返りコウモリの手を振り払った。
「そうです!それですよ!
あなたはそうでなくてはいけません」
コウモリは興奮したように、とびきりの笑顔で身体を震わした。
(うん、やっぱりこの人無理だわ……ヤバすぎる)
心結はゴミでも見るような目でコウモリを見つめていた。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておきましょうか」
鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌になり
コウモリは再び歩き出した。
(冗談のレベルの域がこえていますけどぉ!
おまわりさん案件でしたよ!)
『キュッ……』
その通りだと言わんばかり……
心結の背中から一匹の幼体モンチラがあらわれた。
「モンチラちゃん!! どうしてここに」
「おまけが一匹ついてきましたか……フフ」
『ギュゥゥゥゥルルウル』
モンチラは必死に心結の肩の上でコウモリを威嚇していた。
小さい身体を最大限に広げて怒っていた。
コウモリはそんなモンチラを軽く指で突いた。
『キュッ!!』
その素早い攻撃に、モンチラは心結の腕の中に落ちた。
「この小さな戦士の方が……
よほどあの男よりあなたを思っていますね……」
ズキンと心結の胸が痛んだ。
心結は目をまわして気絶しているモンチラを
ギュッと抱きしめながら俯いた。
「一先ずよるところがありますから……。
セラフィン様の元に行くのはその後です」
(あー、やっぱり最後はあの闇が深そうな男の元にいくのか)
心結の瞳が悲しみから変わって怒りと諦めが滲むのを
コウモリは感じ取って言った。
「あの方が嫌いですか?
一国の王子ですよ。
確固たる地位、美貌、財力……。
望まれて何をためらうことがあるのです」
心結は一瞬ぽかんとしてから、あっけらかんと言った。
「それがなんだっていうの?
私にとってまったく興味がない項目ですね」
今度はコウモリが驚く番だった。
驚きと戸惑いの表情で話しをつづけた。
「どういう意味ですか……」
若干声が震えていたかもしれないとコウモリは思った。
「そのまんまの意味ですけど。
あんなに興味がわかないモフモフ物件は初めてでしたよ」
「は?」
(モフモフ?モフモフだと?)
「一ミリも心が動かなかったですからね。
ある意味異常事態だわ」
うんうんと言わんばかり心結は一人で納得して頷いていた。
「モフモフですか……ククク……」
(この人型にとっては、ステータスなんて……
ゴミみたいなようなものなのだろう。
自分がどう感じたが重要なファクターになるらしい)
「コウモリさんは、何が大事なの?
お金?地位?
それとも……世界を支配する力?」
「すべてですかね」
「フフ……正直な人ですね」
心結は呆れながらも、その答えに笑った。
「まぁ、私も生きていくうえで条件が良いほうが
いいとは思いますよ。
綺麗ごとでは生きていけないのは事実だから」
「…………」
「私だって……言ってしまえばきりがないですよ。
欲しい物とか食べたいものとかいっぱいありますし。
世界中のモフモフが私の物になればいいなぁとか
欲まみれですよ」
心結はにへらっと笑って言った。
「世界中のモフモフですか……」
呆れたようにコウモリは呟いた。
「みんなそれぞれ大切にしているものがある。
私は無類のモフモフスキー。
たまたまそれが最上位にくる条件だったのかな」
「それならば、殿下の力の全てを使って……
世界中のモフモフを集めればいいじゃないですか」
心結は首を振った。
わかっていないなというように肩をすくめた。
「それは違います。
誰かから与えられて叶える事じゃない。
自分でつかみ取ってこそのものでしょう?」
「使えるものは使えばいいのですよ」
コウモリは愉快げに唇を歪めながら言った。
「力で無理やり行ったことは……
きっと同じ方法で自分にかえってきますよ。
私は無理やりモフモフを従わせたいわけじゃない」
心結はさらりとそう言った。
「難儀な方ですね……」
(この人型を手に入れて、本当に世界が手に入るのだろうか?)
コウモリは密かに疑問を持ち始めていた。
そのまま二人は街に入り、コウモリは馬車を手に入れた。
その荷台には、食料や衣服、薬などを大量に買って積み込んだ。
「凄い量ですね……行商にでもいくのですか?」
「そんなところですかね。
一晩中走りたおしますから、あなたは後ろの荷台で
ちいさな戦士と過ごしていてください」
コウモリはそう言うと、暖かそうな毛布と食べ物を
心結に渡した。
「今回は手首と両足は縛らないでよね」
心結が厭味ったらしくそう告げると。
コウモリは一瞬とまって苦笑しながら言った。
「お望みなら縛りますが……」
馬車はそのまま何処に向かって走り出した。




