表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/168

89.信じる事の難しさ

刻一刻と下船する時が近づいていた。

心結はシレーヌが用意してくれた服や着替え非常食

などを小さなリュックに詰めていた。


これからどうしよう……。

こんな気持ちのまま狼さん、もしかしたらラウルさん……

と一緒に旅をしてランベール王国に帰らないといけないのかな。


この海域の問題も何一つ解決していないし……。

残りの神様にも会わないと。

そしていずれは元の世界に帰る為に、肉球の欠片を……。


そんな事を考えていたら、ノックが聞こえた。


「はい、開いています、どうぞ」


「失礼するよ」


シレーヌが入ってきた。


『キュッ……キュュ』


モンチラも歓迎するように嬉しそうに鳴いた。


「すっかりモンチラちゃん達とも打ち解けましたね」


「フフ……まさかあのモンチラとこんな日が来るとは

思わなかったよ」


シレーヌは優しくモンチラを撫でながら笑った。


そんな様子を微笑ましく見つめていたが……

心結は改めてシレーヌに向き合い頭を下げた。


「この度は本当にありがとうございました」


「よしとくれよ、私は大したことはしていないさ」


「いえ、助けて頂かなければ命を落としていたでしょう」


「今後はどうするのか決まったのかい?

当初言っていたように……

オオカミの旦那とランベール王国に帰るか」


「…………」


そう言われた途端、心結の顔から表情が消えた。


「どうしようか、正直悩んでいます」


心結は困ったように眉尻をさげて、微かにため息をついた。


「それは国に帰る事をかい?

それともオオカミの旦那と一緒にいるという事をかい?」


思ってもみなかったシレーヌの指摘に心結の顔が強ばる。


「シレーヌさんは……狼さんの事どう思っていますか」


躊躇いがちに心結は切り込んだ質問を投げかけてみた。

それにシレーヌはふっと妖艶に微笑んで告げた。


「いい男だね。

一晩一緒に過ごしてますます惚れたね。

出来れば誰にも渡したくはない」


その答えに愕然として心結は息をのんだ。

悲しみに瞳が揺れた。


泣きそうな顔を見られたくなくて俯いた……。

シレーヌはそんな心結の頬を両手で包み上をむかせた。


「そう言われたくらいで!

心結は自分の気持ちに蓋をするのかい?

真実を確かめもせず、あきらめるのかい?」


「えっ?」


存外強く言われて、泣きそうだった気持ちが引っ込んだ。


「ミユウ、自分の心に正直になることだ。

何か大きなものをミユウが抱えていることはわかる。

しかしそれを言い訳にしてはいけない

強い心がないと、この先は乗り越えられないよ」


シレーヌの言葉が胸に突き刺さる。


「時には思っていることを、言葉にしないと伝わらない事もある。

伝えたいと思っても……

もう二度と伝えられない事もある」


寂しそうに胸元のペンダントを握りしめてシレーヌは言った。


(シレーヌさん……。とても辛そうだ)


「あの……、シレーヌさん……」


心結が言葉を発しようとしたら、唇に人差し指をあてられた。


「ミユウの欲しい答えを、私はもっていない。

二人でよく話し合うのだな」


そう言って意味深に後ろを振り返ると……

狼がお座りをして困ったように視線を泳がせていた。



部屋の中には、心結と狼のラウルだけだった。

心の準備もできないまま二人にされてしまった。


気を利かせて、モンチラはシレーヌの元に遊びに行っていた。

本当によくできたイイ子達だ。


「…………」


二人は黙ったまま見つめあっていたが

やがて心結は静かに口を開いた。


「ラウルさんなんですよね……」


「…………」


狼は獣耳を後ろにさげて、驚いたように碧眼を瞬かせた。

そしてゆっくりと答えた。


「そうだ……」


その答えに心結は怒りと悲しみが堪えきれなかった。

勝手に裏切られたとさえ思った程だ……。


(やはりラウルさんにとって私は……

どこまでいっても信頼できない“人型”なんだな)


「どうして今まで隠していたのですか。

ジェラール様から託された極秘任務だからですか?」


「…………」


「それとも他に何か理由があるのですか?

だったら説明してください」


「任務の為だ、それ以上もそれ以下でもない。

お前はランベール王国にとって大事な人型の聖女だ。

俺はその守護任務を忠実に遂行するだけだ」


ラウルは心とは裏腹に、淡々とそう告げていた。


(違うそうじゃない……本当は……本当は……お前が

なんていうつもりなんだ俺は!!)


「それから……シレーヌさんと……

一晩一緒に過ごしたの?」


冷静に答えていたラウルの顔色が初めて変わった。


「フッ…………。

そんな事がお前の何に関係してくる。

知ってどうする……。

任務を遂行するためならば、なんでもやるぞ俺は」


その一言で心結の世界が凍った……。

わかっていたが、悲しかった。


二人が一夜を過ごしたことが悲しかったわけじゃない。

そんな事がとるに足らない出来事だと思っている

ラウルさんが悲しかったのだ。


心結の心はこの時決まった。


「結局何処までいっても私は“人型の聖女”なんですね。

桐嶋心結としてはラウルさんの中には存在しない……。

歩み寄ってもくれない……。

何も知らない私をみていて楽しかったですか?」


「そんなことは……」


そう言って心結をみたが……

もう心結の瞳には自分はうつってはいなかった。


(もう潮時なのだな……。

この気持ちが大きくなる前に離れよう……)


心結は泣かないように歯を食いしばった。


「これを……」


ラウルに、薔薇の紋章の懐中時計を差し出した。


「これはランベール王国とシーブル王国が裏で繋がっている

という証拠の一つです。

どうぞこれを持って、ジェラール様の元へお帰りください」


「…………っ!」


「私はあなたと一緒には帰りません。

今まで守ってくださりありがとうございました」


「おまえ何を言っている……

一人でこの先、生きていくつもりか……

そんな甘い世界ではないぞ」


ラウルは青ざめながら、必死に言いつのる。


「私……()()ですから。

きっと何処でも生きていけると思います。

モンチラちゃん達もいるし、お友達もたくさんできました」


そう話す心結の表情は冷え切っていた。

もうラウルが何を言っても、一筋も揺らがないだろう。


「知っての通り、私はこの世界の人間ではありません。

いずれは元の世界に帰るでしょう……。

心配しなくても、いつか消えますから……」


「心結…………」


(なんでこんな時に限ってそんな切ない声で名前呼ぶのよ

やめてよ……本当に……やめて)


どうしてラウルさんの方が泣きそうなのよ。

酷いことを言っているのはラウルさんじゃない……。


私……ラウルさんの本当の姿、気持ちも何一つ知らない。

一歩も心に近寄らせてもくれない……。


気まぐれに優しくするのはもうやめて……。

期待して泣きたくなるから!!


心結はリュックを背負うと、ラウルの顔をみないまま言った。


()()()()()()()()()()……」


立ち竦むラウルを置いて部屋を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ