9.種族って奥深い
「意外と乗り心地がいいのね。中も広いし」
心結とディーヤは向かい合わせに座り、
公爵家までの道のりを馬車でゆられていた。
「公爵様専用の馬車ですから、特別仕様になっております。
私も滅多に乗ることはありません。
今回は音階の花を摘むという特別任務でしたので、
特例で馬車をだして頂いた所存です。
普段は、辻馬車や乗り合い馬車に乗っています。
御者さんにもよりますが、もう少し……いや、
かなり揺れますよ」
「なるほど……。因みに公爵様のお屋敷って、
ここから南の方角にあったりする?」
「はい、そうです。どうしてわかったのですか?」
ディーヤの目が驚きで、若干瞳孔が開いている!
(アナースタシア様のお告げ通りだ……)
これからもこまめに確認しようと思った心結であった。
その間も、ディーヤのリス仕様のモフモフ尻尾が、
せわしなく動いている。
(あぁ可愛い!あの尻尾に顔をうずめたい。
思う存分抱きしめたい!)
「……、………。ミュー様?」
〈どうしてでしょう?〉
ミュー様が私に向かって……
優しく微笑んでくださっているだけなのですが……。
私の本能が身の危険を感じているのは、
気のせいでしょうか?
ミュー様の背後に何か……
煩悩のオーラのようなものがチラチラ見えるような?
“気のせいではありませんよ、ディーヤ。
モフモフスキーに気をつけて!”
何処からか女神様の声が聞こえてきそうな状況です。
(はっ!いけない。
また心の赴くままにモフモフ欲がでちゃったわ。
気をつけないとレベルが上がっちゃう)
心結は顔を引き締めた。
〈あっ!ミュー様の煩悩のオーラの気配が!
背後から消えましたわ。本当に不思議なお方〉
一先ずある意味、身の危険は、去ったようです。
「ねぇ……ディーヤ」
「はい」
「この世界の事を教えてくれる?
もちろんあなたの事も含めて」
「お答えできる事ならば」
「素朴な疑問なのだけど、ディーヤは何の種族なの?
犬…なのかな?」
「私は”りすば犬”という種族です」
「”りすば犬”……、リス+柴犬=”りすば犬”的な?」
「概ねその概念であっています」
(やはりあのモフモフ尻尾は、リス仕様だったか)
「私達のような力の弱い種族は、様々な血が交じりあって、
今日まで種をつないできました。
その中で、一番最適な姿で落ち着いたのが、
今の姿だと言われています。
逆に力の強い種族は、純血を望みます」
「そのうえ、人型に近ければ近いほど力が、
強いと言われております」
「人型>獣人>獣体>獣のような力関係なのかな?」
「そうですね。
獣人の中でも、獣面の方々より人型に近い方が
力も身分も上の方が多いですね。
獣体の中では、純血種族が強いです」
「獣人と獣体の違いはなに?」
「獣人の方は、もう一つ完全な獣体の姿を持っております」
「二つの姿に変身できるという事?」
「そうです。私たち獣体は、この姿一つのみです」
(どえらい世界に転移してきちゃったな……。
私ある意味、最強種族じゃない!?)
「この世界もやはり階級社会なの?」
「はい、どの国も王族がいて、貴族がいて、平民がいます。
わが国では奴隷制度は禁止されておりますが、
まだ存在している国もあるとか……」
耳を伏せて両手を胸の前でぎゅっと握り、
辛そうに話すディーヤ。
「話したくないことは、話さなくてもいいよ」
「……大丈夫です。ミュー様は優しいのですね」
私は全モフモフの味方だよ、うん。
「ですから!
完全な人型のミュー様にお会いした時の驚きは、
生涯忘れないと思います」
「あー、あはは……」
「物語の中だけのお話かと思っておりました」
そんなきらきらした目でみつめないで。
唯の一般市民だから!!
気恥ずかしくて、何気なく馬車の窓の外を見ると、
景色が刻々と変化していた。
森から牧草地帯へ、そして街中へと変化していった。
(中世ヨーロッパの街並みに近いのかな。
煉瓦の石畳の道が新鮮だわ)
「ディーヤは、公爵様の館で働いているの?」
「はい、公爵様の二番目のご子息様の侍女です」
「りすば犬は、多産系種族なので子守が得意なのです。
多くの者が、子守で生計を立てておりますよ」
「なるほど。お屋敷には、他のりすば犬さん達もいる?」
「はい、あと数人いますよ」
「ディーヤの恰好が、メイドさん仕様で可愛いなって
ずっと思っていたの。
他にもたくさんいるのか……りすば犬侍女……ウフフ」
〈はっ!またミュー様の背後に煩悩のオーラが見えますぅ〉
リス尻尾が若干警戒して、膨らんだのは仕方がないと思う。
恍惚の表情でひたっている心結を、
残念なものを見る目でみつめるディーヤであった。
「ところで急に私が、公爵様の元に行っても大丈夫かな?」
「あの結界内に入った時点で公爵様は、ミュー様の存在を
認識していらっしゃいますよ」
「結界の能力凄いな」
初めてのモフモフとの出会いは、可愛い侍女さんだった。