87.この気持ちどうしたらいいの?
ディナーも終わり自分の部屋に戻ろうとしていたら
視線の端に狼の尻尾を捉えた。
(狼さん……!
ディナーにも姿を現さなかったから心配していたの!)
心結は嬉しくなり、狼が曲がったであろう廊下へと
追いかけて行くとちょうどある部屋に狼が入る所だった。
声をかけようとしたが……
扉を開けて狼を迎え入れている人物をみて足が止まった。
(シレーヌさん……)
二人はそのまま部屋の中へと消えた。
「…………」
心結は何故か心が痛んだ。
別に二人が心結の知らないところで会っていたとしても
それを心結がとやかくいえる立場ではない。
でも何故かものすごくいやな気分になった。
二人の事は大好きなのに……。
そんな自分も嫌になり自己嫌悪に陥った。
でも……心結はそのまま部屋へと戻る事しかできなかった。
その後は何事もなかったかのように過ごした。
夜中にそっと部屋の扉を開けたが
狼の姿はそこにはなかった……。
(今もシレーヌさんと過ごしているのかな……)
もやもやしながらベッドに入るが寝付けない。
それどころか、シレーヌさんとラウルさんが
仲良くしている姿さえ浮かんでくる。
(もう……やだ……なんでラウルさんの姿に変換されるの?)
心結は頭から布団を被って、妄想を払うように目を瞑った。
結局心結は、もんもんとしながらあまり眠れず朝を迎えた。
「もう朝か……」
ふらふらになりながら扉を開けてみる。
が、やはり狼の姿はなかった……。
「モンチラちゃん、朝の散歩行ってくるね」
そう言って籠で寝ているモンチラを優しくつついた。
『キュゥゥ……』
わかった、行ってらっしゃい!
と寝ぼけ眼で言われた気がした。
心結はそっと扉をあけて外に出た。
無意識に昨日狼が入ったであろう部屋に繋がる廊下へと
足が勝手に進んでいた。
そして角を曲がったら部屋の入り口が見えてくる位置で
心結は深呼吸した。
(駄目もとであの部屋を訪ねてみよう……)
そう思って一歩を踏み出したときに、部屋の扉が
開く音がした。
そっと覗いてみた。
するとシレーヌさんらしき女性の後姿が見えた。
そしてその間から見えたのは……。
「…………!!」
男の人?
顔がよくわからないけど……銀髪……。
どうしよう、心臓の音が聞こえてしまいそうなくらい
激しくなっている気がする……。
心結はごくりと息を飲んだ。
その男が振り返り、やがて顔がはっきりと見えてきた。
(うそ……………!!)
心結は声が出ないように両手で自分の口を押えた。
シレーヌの前にいたのは……
銀髪に冷たい碧眼の瞳を宿した美貌の男……ラウルだった。
(なんで?どういうこと?
何故この船にラウルさんが……。
シレーヌさんのもう一人のお客さんってラウルさんの事!?
それならばどうして今まで黙っていたの?)
心結は軽くパニックになっていた。
二人は何やら親密そうに会話をかわしていた。
やがてシレーヌとラウルが軽くキスをかわしたかのように見えた。
「………………っ」
その後シレーヌだけが、心結とは反対方向に歩いていった。
ラウルは相変わらず冷たい怜悧な感情の籠っていない
瞳のままでシレーヌを見送ると扉をしめた。
(ひとまず部屋に戻ろう……)
心結はふらふらになりながら、どうにか部屋まで戻った。
その姿をシレーヌは密かに目を細めて見つめていた。
(さぁどうする……ミユウ。
真実を知る勇気はあるのかどうか……みせておくれ)
部屋に帰っても心結の頭の中はぐるぐると色々な考えが
巡るばかりで、何も答えが見つからない状況だった。
そんな心結を心配してモンチラ達も心配そうに鳴いた。
『キュゥゥ……キュッ…ゥゥ』
二匹をそっと抱きしめて心結は弱々しく呟いた。
「二人はこれからも変わらずに傍にいてくれるよね」
『キュッ?……キュキュ!』
あたりまえだろう!俺たちはいつでも一緒だ!
そう言われた気がして、心結は切なく微笑んだ。
「ありがとう……」
心結とモンチラ達が大食堂に行くと
既にシレーヌが来ており、心結達に声をかけてきた。
「おはよう、ミユウ。よく眠れたかい?」
「おはようございます」
そう一言、笑顔で返すのが精一杯だった。
(私うまく笑えているだろうか……)
心結は引きつった笑顔を浮かべないように必死に取り繕った。
「今日のお昼頃には、港に着く予定だよ。
一先ず船を降りたら、今後について考えようかね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「じゃぁ、また後で」
そういうとシレーヌは大食堂を後にした。
心結は味のしない朝食をもそもそと食べていると
シャークがやってきた。
「ミユウちゃん、おはよう。
今日の昼には港に着いちまう……
だから今のうちに挨拶をと思ってな。
短い間だったけど、色々と美味しいものを作ってくれて
なおかつ新しいものを教えてくれてありがとう」
シャークさんは相変わらず強面フェイスだったが
瞳はとても優しかった。
「こちらこそ、ありがとうございました。
これからもグミを可愛く作っていってくださいね」
「おうよ!
マール王国で一番のグミ職人になってやらぁ」
そういって鋭い牙を光らせて、豪快に笑った。
「餞別といっちゃぁなんだが……。
グミとクッキーをミユウちゃんの為に作った。
受け取ってくれ」
そう言うと、照れながらやや大きめの瓶を二本
心結に差し出してきた。
それぞれに可愛い形に形成された海の生物を模った
グミとクッキーがいっぱい詰まっていた。
「フフ……相変わらず可愛いですね。
一番初めにも言いましたが、食べるのがもったいない」
心結は少し涙ぐみながらお礼を言った。
「ミユウちゃん……。元気でな。
無事にオオカミの旦那と国へ帰れよ……」
そう言って、シャークは優しく心結の頭を撫でた。
「…………」
(もう……何が本当なのかわからなくなってきちゃった。
狼はやっぱり、ラウルさんなの!?)
心結は黙って頷くことしかできなかった。




