86.見かけで判断してはいけません
マーくんとの逢瀬が終わり……
心結はディナーの準備を手伝う為に厨房に向かっていた。
その後シャークさん達とディナーの準備を行っていると
シレーヌがやってきた。
「ミユウ、先ほどは一人にしてすまなかった」
「いえ、こちらこそ忙しい時にありがとうございました」
心結は作業の手をとめてシレーヌの元へと行った。
「ミユウちゃん、海洋神“マラハン”様に祈りを
捧げてくれたんだってな。ありがとな。
マラハン様は男の中の男だったろ。
あの筋肉みたか、もはや芸術品だよなぁ……。
俺たち海の男たちの憧れだ!」
シャークがそう言うと、厨房の男たちはその言葉に熱く頷いた。
「…………」
(とても中身がオネェだったとは言えない……。
乙女の中の乙女でしたよ!マーくんは……。
知らないって事は素晴らしい)
「シレーヌ様、お聞きしてもいいですか?」
「なんだい」
「違っていたらごめんなさい。
シレーヌ様達は、海賊なんかではなく……。
もしかしたら海賊を装って、密漁船を取り締まる
秘密組織とかではありませんか?」
シレーヌは心結の突然の発言に驚きながらも
片眉をあげて探るような視線で逆に問いかけた。
「どうしてそう思った?」
心結がどうやって説明しようかと考えあぐねていると
副料理長が何故か心結の隣にやってきた。
「姉御……」
「ん……」
二人で目配せを交わすと、シレーヌは心結に言った。
「ミユウ……ついてきな」
シレーヌと心結と副料理長というメンバーで
シレーヌの執務室と思われる部屋に通された。
(えっ?何?何か確信に迫る事言ってしまった?
私簀巻きにされて……サメに餌に!!)
心結は動揺しないように努めたが、不安が表情に出ていたのだろう。
「大丈夫だ、ミユウ。
何も取って食いやしないよ……フフ」
シレーヌは揶揄うように、口角をあげた。
「あの部屋で何かあったのかい?
マラハン様にでも会ったかい」
シレーヌは冗談のつもりで言ったのであろうが
心結は間髪入れず言った。
「はい、お会いしました。
マラハン様は、海の汚染を酷く嘆いておられました。
この状態がこれ以上続くと許さないと……」
「………………」
シレーヌと副料理長さんは絶句していた。
「信じて頂けるかわかりませんがそう仰っていました。
それから、シレーヌ様達の日々の祈り。
心の籠ったお供え物を大変喜んでいました。
そして海汚染に対しての努力も感謝するとも
仰っていました」
「信じられん……。
しかしミユウが言っていることは真実だ。
最近密猟が絶えなくてな。
取り締まっても、取り締まっても減らない。
そのせいで海が荒れているのもわかっていたのが……
まさかそんなことが」
深くため息をついた後に、そのままソファーに座った。
そしておもむろに副料理長を見上げた。
「シレーヌ様……」
驚きの許容範囲を超えて唖然としていたが
副料理長は葛藤をしながらも頷いた。
「ミユウ……。
これからいう事は他言無用だよ。
私はこの国……マール王国の女王シレーヌだ」
「えっ!」
(女王様なの!?
言われてみれば納得できる程、素敵なお姉さまだけど)
「そして副料理長こと……この男は防衛大臣だ。
しかも私の息子だ」
「えぇぇぇぇぇっ!」
(このイケオジ魚人さんが息子って!!
シレーヌ様って一体いくつなんだ!!
美魔女にも程があろうがぁぁぁ)
心結は目が零れ落ちんばかり驚いて固まっていた。
「そして日々海に出ては……
密漁船などを取り締まっている。
この海域の物は我が国の大事な資源だからね。
それ以上に海を大事にしない奴らを許せないのさ」
こみあげる嫌悪と怒りを瞳に宿しながら
シレーヌは力強くそう語った。
そんな中ミユウをみつめながらふと呟いた。
「もしやと思っていたが……
ミユウあんた……ランベール王国の人型聖女かい?」
(シレーヌさんも正体を明かしてくれた……
私も言わない訳はいかないか……)
「はい、聖女かどうかは正直わかりませんが
人型であるのは間違いありません」
そう言うと、心結は狼のカチューシャを外した。
「おぉ……、本当に人型は存在するのですな」
副料理長さんは驚きの声をあげた。
「女性をジロジロとみるもんじゃないよ」
ぎろりとシレーヌから睨まれて、シュンとするイケオジ魚人。
「そうなってくると、もう信じない訳には
いかなくなってくるねぇ……」
シレーヌの表情が真剣に引き締められた。
「そもそも誰が海を荒らしているのですか?」
「大掛かりな密猟船団は、隣国のやつらだ。
しかしそれを手助けしているマール王国の漁民が
いるのも真実だ……」
「何故隣国の人達が密猟を行うのですか?
海がない国なのですか?」
「海はあるが、潮の流れが速い海域だ。
あそこで漁はできないだろう。
それ以外は険しい山しかなく、平地も少ない国だ。
はっきり言ってあまり裕福な国ではない」
「貧困が引き起こしている連鎖なのかもしれんな」
眉間に皺をよせながら、副料理長は呟いた。
「そうだ、ミユウ。
この際だから話しておきたいのだが……」
「なんでしょうか?」
「あのグミとかいう菓子の製造方法を我が国に
売ってはくれまいか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「我が国の特産品として他国に売りたいのだ。
もちろん国民にも食べては貰いたいと思っている」
(売れるのか?グミ……
でもロメンパン筆頭に菓子パンブームは凄いみたいだしな)
「駄目だろうか……
海の民としては、小ぶりで持ち運べるグミは
命綱になりうる商品になると思うのだ」
懇願するような真剣な瞳で心結に頼み込むシレーヌ。
「わかりました、でもお金はいりません。
その代わり共同開発ってことにしてくれませんか?
報酬は、定期的でかまいませんから……
糸寒天をランベール王国のジェラール様宛に送って
くれませんか?
あくまでも個人的に楽しむという事でグミを食べたいのです」
「こちらはそれで構わないが……いいのか?
グミが流行すれば巨万の富が手に入るぞ」
にわか信じられない様子でシレーヌは心結に問いかけた。
「行き過ぎた物を持つと身を滅ぼしますから。
美味しいものをちょっぴり食べて……
思う存分モフモフに囲まれればそれでいいのです」
そう言って心結は幸せそうに笑った。
(人型とは噂と違い謙虚な生き物なんだな……
いや、違うなミユウがそういう者なのだ!
それなのに、こんなに欲がない者を手に入れて……
世界が手に入ると思っている愚か者がいるのか……)
シレーヌは密かに心結の行く末を心から案じた。
「わがままを言わせてもらえれば……
シレーヌ様とお友達になりたいな~」
「フフ……それはもうとっくになっている。
ありがとうミユウ。
このシレーヌ、ミユウに困ることがあったら
全身全霊で助けることを誓うよ」
「ありがとうございます」
そんな二人を涙ながら見守るイケオジ魚人の息子さんであった。
というか、息子さんお名前が知りたいのですが。
このままいくと副料理長で定着しちゃいそう。
そんな事を思いながら、心結と副料理長はディナーを
作るために厨房へと戻っていくのであった。




