76.お互いの正体
空の旅の次は、海の旅になるとは思わなかったな……。
これが普通の旅行だったら、かなりの贅沢旅なのだけど。
心結は甲板の上で、キラキラと光る海原をみながら
自分の身に起きた事をしみじみと振り返っていた。
しかし、そんな黄昏気分を台無しにする水音が
さっきから響いているのですが!!
バッシャァァン!! バッシャァァァン!!
大きな海月が何匹も船の横で跳ねているようだ。
相変わらず規格外の大きさと色よね……。
色とりどりなので、もはや巨大ゼリーにしかみえない。
「…………。あれ、食べられるのかな。
プルンとして美味しそう!
一匹で100人前くらい作れそう」
「ジュレメデューズが食べたいのか?」
いつの間にか横にきていたシレーヌが驚いた顔で言った。
「プルンとしているのでゼリーに見えてしまって……」
食いしん坊発言の独り言を聞かれてしまった恥ずかしさに
心結は顔を真っ赤にそめた。
「ゼリーがよくわからないが……
プルンとはしているな。
でもあれは毒があるので食べられない種類だ」
(もしかして、ゼリーないのか!?)
心結は海月が食べられない発言よりも……
ゼリーを知らないという事の方に衝撃を受けていた。
(ゼラチンってどうやって作るのだろう。
あっ……海の人ならば“天草”なら知っているかも
寒天ゼリーならなんとかいけるか?)
そんな事を考えていただけだったのだが
難しい顔をしていたのだろう。
シレーヌはそんな心結の横顔をみながら優しく言った。
「そんなに食べたかったのかい。
ジュレメデューズの食べられる種類がいたら
捕獲してあげるから安心しな」
そして、甲板にいる男達にむかって大声で言った。
「お前たちいいね!
ジュレボンボンメデューズがいたら捕獲だよ!!」
「イエッサー!! 姉御」
船の至るとこから野太い声が響いた。
「あ……ありがとうございます」
そういう事じゃない……。
とは言えない心結であった。
「長い間海風に当たっているのは、身体によくないからね。
気が済んだら部屋に戻るんだよ」
自分がきていた羽衣のようなものを肩にかけた後
心結の頭をポンポンして、ウィンクしながら去っていった。
(惚れてまうやろぉぉぉ!! いい女すぎる)
しばらく両手で顔を覆ったまま身悶えしていた。
その頃……
ラウルは狼姿で船の中を歩き回っていた。
〈おかしなところは、今のところないな〉
いついかなる時でも確認を怠らないのは執事のサガなのか。
魚人たちは、ラウルの姿をみると一瞬ビクッとするが
特に何かするわけでもなく、遠巻きにみるだけだった。
そんな時、後ろから声がかかった。
「おや……オオカミの旦那。
船の中の探検はどうだった?
何か面白いものでも見つけたかい?」
シレーヌが壁に寄りかかり、ラウルを待ち伏せしていた。
「…………」
「話がある、ついてきな」
有無もいわさない口調に、渋々ついていった。
シレーヌのプライベートルームに案内されたラウル。
「適当にその辺で寛いでくれ。
あ、ブランデーでも飲むか?」
〈コイツ正気か?
どこの世界に、狼に酒を進めるやつがいる!〉
狼ながらラウルがため息をつきながら
密かにツッコミをいれていると……
上から何やら男物の服が降ってきた。
「いい加減に戻ったらどうだ、銀氷の悪魔」
「…………!!」
まさか自分の正体をこうあっさりと見破られるとは
思っていなかったラウルは狼狽えた。
「いつまでも獣体のままだと魔力切れを起こすぞ」
〈どこまで知られている!!
まさか心結の事も初めから仕組まれたことなのか!?
コウモリとグルか!?〉
「グルルルルル……」
牙を剥き出し、ラウルは戦闘態勢をとった。
「おっと……
何も一戦交えようってわけじゃない。
状況を知りたいだけだ」
ブランデーを呷りながら楽しそうにシレーヌは言った。
「…………」
〈ここでしらを切りとおすのも得策ではないな……〉
「わかりました、話し合いに応じます」
ラウルは通常の獣人姿に戻った。
「ほう……
噂の銀氷の悪魔がこんなにいい男だったとはね」
ラウルを上から下まで見ると満足そうに微笑んで
二杯目のブランデーを一口飲んだ。
「ご冗談を」
ラウルはいつものごとく冷淡な口調で言った。
「あんたはなかなか表舞台に出てこないから
顔を知らないものがほとんどだ……。
半分賭けだったが……私の感も捨てたものじゃないね」
〈いい性格してんな、この女〉
ラウルは若干苛立ちを覚えたが、努めて冷静にしていた。
「ところで、紅炎の野獣は元気かい?
相変わらずおいたしているのかい。
あーでも確か、結婚したと風の噂にきいたな……」
懐かしそうに主人の名前を言われ
ラウルはギョッとして目を剝いた。
〈ジェラール様!! まさかこの女に手をだして……〉
「アハハハハハ、安心しな。
元婚約者とかつきあっていたとかじゃないからな……
ククククク……。
お前でもそんな顔をするのだな」
ラウルは戸惑いながらも、初めてまっすぐと目の前の
魚人の女の顔をみた。
〈この顔……この口調……どこかで……〉
そして珊瑚の簪が目に入り、それに刻まれている紋章を
みたときすべてがわかり衝撃が走った。
「マール王国……シレーヌ女王……」
ポツリと呟いた。
「おやっ……私の事を知っているのかい」
「昔、王宮の舞踏会でお見かけしたことがあります。
今までのご無礼をお許しください」
ラウルは片膝をついて、胸に手を当てて頭を下げた。
「やめておくれよ。
ここではただの“シレーヌ”なんだ」
そう言ってウィンクをした。




