69.コウモリ
身体が痛い……。
ゴトゴト音がうるさいし!!
だんだんと意識が浮上してくるのがわかる。
うっすらと目が開くと自分の手が見えた。
(両手が縄で縛られている……!?)
そのまま視線を下に向けると、両足もご丁寧に縛られていた。
どうやら縛られて荷馬車の荷台に、転がされているようだ。
(あーこれは、つんだな……)
ゴトゴト音が聞こえたのは、荷馬車がかなりのスピードで
何処かにむかって走っていたからなのね……。
それでも何とか状況を把握しようと思い……
体を起こそうとしていたら、自分の背後から声が聞こえた。
『ウゴクナ、ヒトガタノセイジョ』
(この話し方は、モンチラか?)
心結は芋虫が這うように動きながら……
なんとかぐるりと体の向きをかえた。
『ウゴクナトイッテイルノニ』
盛大なため息をつく、大きな銀色の毛色のモンチラがいた。
ガレットよりは小さいが、かなり大型の若いモンチラだった。
「あなたもしかして……」
心結は目をまるくしながら、そのモンチラを上から下までみた。
こいつか!!
ガレット達を裏切って、幼体モンチラちゃんと商人モンチラを
誘拐および傷つけたやつは!!
心結は怒りをこめて睨みつけていた。
『……………』
しかし銀色モンチラは……
ぞっとするほど冷えた表情で、ただ黙って心結を見下ろしていた。
「なぜこんなことをするの?」
『…………オマエニ、コタエルギリハナイ』
感情のない、淡々とした冷たい声で言われた。
「仲間を裏切ってまですることなの!?
モンチラは誇り高い種族じゃないの?」
この発言が気に障ったのか、微かに表情が動くのがみえた。
「ガレット達だって心配して……」
『ダマレ!! ソノナマエヲクチニスルナ!!
ソウシナイト、オマエヲアヤメテシマウ!!』
怒りと憎悪に満ちた瞳で、心結の喉元に鋭い爪を突きつけた。
『オマエニ……ナニガワカル!!
ナニモカモガ、メグマレテイルオマエニ……。
サイジョウイシュノオマエニ……オレノ……ナニガ!!』
本気の殺気を向けられて、背筋が凍るようだ。
心の底から絞り出すような憎しみとでも言うのか?
いや腹の底に長年鬱積してきた、黒い心の澱とでも言うのか……。
ほんの少しだが、銀色モンチラの心の奥底に触れた気がした。
(恵まれているのかな……私。
確かにこの世界では、最上位種なのかも知れないけど。
もう二度と自分の世界に帰れないかもしれないのにな……)
人の価値観や感じ方はそれぞれのものだ。
例えば……人からみてお金持ちで地位もある。
更に誰もが羨む生活をしているからといって……
必ずしもその人が幸せかどうかはわからない。
(なんだかな……もう、八つ当たりの域だよね、これ)
すると急に馬車が止まった。
目的地についたのだろうか……?
と、同時にどこからともなく男が現れた。
「駄目ですよ、モンチラの若き戦士よ。
聖女様は丁寧に扱って頂かなくては……」
そう言いながら、顔半分が黒い仮面に覆われた
漆黒の髪を持つ男が現れた。
その男は心結の顎をおもむろに掴むとこう言った。
「大事な客人ですから」
(後ろから卑怯にも襲ったお前が言うな!!
どこが客人なのですかね?
扱い的には、荷物か商品なみでしたけど!!)
心結は挑む様に男を睨みつけた。
「おや……お怒りのようだ、ククク……」
仮面の奥の目が楽しくて仕方がないと
いうかのように細められた。
危険回避スキルがマックスに警告する男。
背筋が寒くなるほど、今でも本能が危険をつげてくる。
間違いなく暗殺者だな。
しかもかなり手練れの……。
そしてそれを心の底から楽しんでいる危険なヤツ……。
『モウシワケゴザイマセン』
銀色モンチラは、納得がいかないような顔をしていたが
この男の方が上位種なのだろう……形だけは謝っていた。
「わかればいいのですよ。
無傷でお連れするように言われていますから」
そういうと、その男は心結の足の縄をナイフで切ってから
そのまま心結を抱き上げると荷馬車から下ろした。
「聖女様、申し訳ございません。
ここからは自分の足で歩いていただけますか?」
「…………」
「ご不満なら、先ほどのように私が抱いて行っても
よろしいのですが……ククク……」
(本当にいや!こいつキライ!)
「結構ですわ、自分の足で歩けますから。
手の縄を……はずしてくれます?」
心結は慇懃無礼に言うと、その男につめよった。
「おやおや、聖女様はわがままでいらっしゃる。
私を困らせないでください。
私とて誤っていつ手がすべるかわかりませんよ」
さも困ったように眉を下げながらその男は言った。
「…………」
(丁寧な口調で言っているけど……ようするに
“黙って言うことをきけ!さもなければ命の保証はないぞ“
と変換されてきこえましたけど)
心結は仕方がなく、その男の後について黙って歩き出した。
更にその後には、銀色のモンチラが続いた。
この男……背中に黒い羽根がある!!
折りたたまれている為、前からは見えなかったのだ。
後からみると、髪の毛に埋もれて小さなコウモリの耳も見える。
そこで初めて心結はこの男が、コウモリの獣人であることを知った。
状況もわかり、だんだん冷静になり周りの景色をみる余裕もできた。
どうやらここは小高い丘の上らしい。
細い獣道を下っていくと、眼下に海が見えてきた。
潮の香りがだんだん濃くなってくるのが感じられる。
(海岸に続く道なのかな?
ハッ!女神さまの予言……
黒い者に翼をもがれ、遠い国へと流される。
まさしく現実味を帯びてきていますが!!)
軽く眩暈がしそうだ……。
心結は自分でも気がつかないうちに、顔面蒼白になっていた。
「怖いですか?ククク……」
おもむろに振り返りコウモリ獣人は、意地悪そうに笑った。
(違う意味であんたは怖いけどな!
今は予言が当たる方がもっと怖いんじゃい!)
とは言えず、憮然とした顔になってしまった。
「言葉も出ませんか……。
いいのですよ……えぇ。恐怖に染まる美少女もまた一興」
そう言って満足そうに口角をあげた。
(あーもう……はっ倒したい!!
本当にいや!こいつ。
両手が塞がっていることが心底悔やまれるわ)
心結は心の中で拳を握った。




