68.油断大敵とは正にこの事……
心結は少し遠くに見える置物小屋のロッジに向かっていた。
相変わらず近くには、握りこぶし大のメタリック蜂が飛んでいた。
(やっぱり何度見ても衝撃的な姿!!)
そんなことを思いながら、ロッジの手前までくると
かすかな声が横のわき道から聞こえてきた。
『…………ケ……テ……』
「ん?」
『…………ケ……』
気のせいじゃない、何か声が聞こえる。
心結はわき道に入り、声がするほうに目をやった。
何か灰色の塊が草の間に見える。
(やだ……何……)
こわごわと近づいてみると、地面に赤い物も一緒にみえる。
完全にその物体を捉えた時に、心結は息を飲んだ。
『………………ッ』
それは傷つき血を流しながら、倒れている灰色のモンチラだった。
心結は駆け寄り抱き起こした。
「大丈夫!?しっかりして」
荒い息の中、そのモンチラは必死に心結に何かつたえようとしていた。
心結のスカートをぎゅっと握った。
「え?何……?何を言いたいの?」
心結がそのモンチラの口に耳を寄せた時だった。
危険回避スキルが発動した!!
と同時にモンチラの言葉が聞こえた。
『二……ゲ…………テ』
やばいと思った瞬間、背後から何者かに口元に布をあてられた。
「うっ…………」
そのまま心結の意識は、徐々にフェードアウトしていった。
(ヤバイ……ガレットに怒られる……)
そんなことを思いながら身体が動かなくなっていくのを感じた。
「聖女様……頂きました」
男はそう嬉しそうに呟くと、心結を横抱きにして森の奥へと消えた。
その頃……ガレットはソワソワしていた。
何故か胸騒ぎがするのだ。
「どうした?」
そんな落ち着きのないガレットの様子にジェネルーは苦笑した。
『ジェネルーサマ、ヤハリミユウノヨウスヲ、ミテキマス』
「フ……お前も丸くなったな、ガレット」
生暖かい目でみながら、行って来いと目で促した。
そのまま、部下モンチラ二匹を連れてロッジの近くにくると
ガレットの顔つきが変わった。
〈血の匂いがする!!〉
その一言をきいた瞬間、モンチラ達は素早く別れて辺りを探った。
ガレットはわき道のあたりで何かがいるのを捉えた。
〈まさか……そんな〉
今にも息絶えそうな同胞を目の当たりにして駆け出した。
〈おい、何があった!? しっかりしろ〉
荒い息の中、灰色モンチラは力を振り絞って言った。
〈ボス…………聖女……様が……コウ……モリ……に〉
(コウモリだと!まさかあいつが)
〈わかったから、もう喋るな……〉
いつの間にか、部下モンチラも合流しており辺りを警戒しながら
傷ついたモンチラに薬をかけていた。
誰かが呼びにいったのだろう、ジェネルーも駆けつけてきた。
「大丈夫か?」
灰色モンチラをみると、顔色を変えた。
そして手早く回復魔法をかけた。
魔法が効いたのであろう、呼吸も徐々に整っていった。
幾分かモンチラの顔色が良くなるのを確認すると
ジェネルーは、ほっとした表情を浮かべた。
『ジェネルーサマ……アリガトウゴザイマス』
ガレットを含め部下モンチラ達は深々と頭を下げた。
「中級回復魔法レベルだ、そんなに期待するなよ。
後は自然治癒力に期待するしかない」
そういいながらも……
そうっと優しくモンチラを毛布に包んで運んでくれた。
回復魔法を使えるものは少ない。
ましてそれを獣体である自分たちに無償で使用して
くれるなんて本来はありえない話だ。
『ホントウニ、アリガトウゴザイマス』
ガレットは涙を流しながら何度もお礼を言った。
一先ずジェネルーの屋敷まで戻ることにした一行。
「心結さんの行方はつかめそうか?」
ジェネルーは心底心配そうだった。
『イマ、セイエイブタイ二、アトヲオワセテイマスガ』
「ところであのモンチラは誰だ?一体どこから来た?」
『アレハ、ユクエフメイニ、ナッテイタモノデス。
ショウニンモンチラノヒトリデス』
「まさか……!!何故この敷地に!?」
ジェネルーは絶句していた。
『ミユウヲサラウタメニ、オトリトシテ……
ツカワレタノデショウ』
悔しそうにガレットは拳を握った。
「俺の領地で随分勝手な真似をしてくれるな」
そう言ったジェネルーは、凄まじい怒気を纏っていた。
普段の森のくまさん的な素朴な雰囲気は消え去り
ヒグマが本来持つ荒々しさが前面に出ていた。
普段怒らない人が、本気で怒ったらとんでもなくヤバイ
を体現しているかのようだった。
『コウモリガ、カカワッテイルヨウデス』
「なんだと!! そんな大物を動かせるとなると
相手はそうとう厄介なやつだな」
重苦しい沈黙が二人の間に流れた。
『アイテガダレデアロウト、ヤルダケデス』
ガレットは、今すぐ自分が飛んでいきたいところだった。
しかし今後の対策を含め、指揮をとる為に諦めた。
この地にとどまらないといけない事に、歯がゆさを感じて
思わず唸ってしまうのであった。




