64.賽は投げられた!!
その男は荒れていた。
頭を掻きむしりながら、ぶつぶつと何か呟いてみたり……。
部屋の中を行ったり来たり、とにかく落ち着きがなかった。
お茶を運んできたメイドをはじめ、傍で仕えている者達
すべてがピリピリと神経をとがらせていた。
「どいつもこいつも使えない……!!」
乱暴にドカッとソファーに座り込んで、大きなため息をついた。
〈何故だ……
何故あの男の元にいるはずの聖女が隣国に!!
しかもモンチラ如きに奪われるなんて。
はっ……紅炎の野獣も案外たいしたことないな〉
歪んだ蔑みの黒い微笑みを浮かべた。
〈ここは俺が直接迎えにいくかな……。
あの人型の聖女は僕のものだからね。
返してもらわないと!
その為にはどんな手土産がいいかな〉
今度はうって変わって楽しくて仕方がない
というようにうっとりとした。
でもそれは狂気にみちた笑顔でもあった。
その時だった……
「失礼いたします。面会をご希望の方が見えておりますが」
年老いた羊獣人の執事がそっと近寄り耳打ちをした。
「チッ……せっかくの楽しい時間に水を差す奴は誰だ」
「…………様でございます」
その男は目をカッとみひらいて執事につめよった。
「そんなバカな!!本当なのか」
羊獣人の執事が返事をする前に、その人物はやってきた。
「やぁ……元気そうだね、セラフィン」
全身黄金に光り輝く男が立っていた。
昔からこの完璧な男のすべてが眩しく憧れていた……
その反面……憎らしくて……
いつからだろうか、自分の前から消えてほしいと願うまでになったのは。
「あ……兄上。お身体の調子が悪いのでは!?
何かありましたら、僕が直接お部屋にお伺いしたのに」
(何故ここまで回復している!!
十日程前までは起き上がれないほど病に伏せていたと
聞いていたが、随分顔色もいいじゃないか)
動揺が顔に出ないように、取り繕って兄と対峙する。
「ありがとう。昔からお前は優しかったね。
最近すごく調子がいいんだ。
お前が隣国から取り寄せてくれた、香木を焚いているおかげかな?」
そう言ってふんわりと微笑むリオネルであった。
が、セラフィンには見えていた。
兄の目の奥が笑っていない事を……。
「それは……よかった……。
で、今日は何か用事があっていらしたのでしょうか」
どうぞお座りくださいと目で促すが……
「いや、散歩に出ただけなんだ。
部屋の中で執務ばかりだと身体によくないからね。
だから久しぶりに弟の顔でもみようと寄ったんだ。
元気そうでよかった、じゃぁ僕はそろそろお暇するよ」
(一人でノコノコとここに来たとでもいうのか?
相変わらず甘い方だ!兄上は……)
人知れずニヤリと嗤った。
「僕も会えてうれしかったです。
帰りに倒れられでもしたら大変です。
この者達に部屋まで送らせましょう」
セラフィンは自分の側近二人に目配せをした。
(帰り道で何かあっても……それは不慮の事故ですよね)
密かに口角があがった。
「それには及びませんよ、セラフィン殿下。
ご無沙汰しております」
二人の獣人が入ってきて、リオネルの後ろで片膝をついた。
その顔をみたとたんセラフィンは固まった。
「何故お前たちが……」
そこにはリオネルを守るように、狼獣人と大鷲獣人が
目を光らせて険しい表情でセラフィンに一礼をしていた。
「父上が辺境での任務を解いてくれたんだ。
僕が煩い羽虫をちょっと退治したものだから、ご褒美だって」
リオネルは何かを言いたげな、意味深な微笑みを浮かべていた。
「…………。お二人がいれば安心ですね」
そう言ったセラフィンの背中には、冷や汗が流れていた。
「じゃぁ、またね」
二人を連れ立って部屋を出て言った。
しばらく廊下を無言で三人であるき、人気がなくなったところで
いきなりリオネルは吹き出した。
「見た?あのセラフィンの顔。
よっぽど僕がここにいるのが不思議らしいね」
獣耳をピコピコさせながら楽しそうに微笑んだ。
「リオネル様、あまりひやひやする事をさらりと
ぶっこまないでくださいよ」
狼獣人は呆れながら窘める。
「これで、賽は投げられた。
さぁ~てどうなるかな?
うしろにいる本物の敵は釣れるかな?」
まったく意に介さずニコニコとするリオネルであった。
「まったく、お人が悪い」
ため息をつきながら大鷲獣人が肩をすくめた。
その頃……
人払いをした部屋ではセラフィンが荒れていた。
その場にあったクッションを振り回し、ぶん投げ……
大きな爪でカーテンを苛立ちまぎれに引き裂いていた。
「あーもう!どいつもこいつも!ガァァァァァ!!
許さん!俺は負けない!! 引き下がるものか!」
一通り暴れると、執事を呼んだ。
「あいつをここに」
「は……」
恭しく礼をすると執事はそのまま部屋を出て言った。




