62.熊さんはハチミツが大好き
パンの種も尽きたので、そろそろ帰ろうかと思っていると
ガレットから呼ばれた。
『ミユウ、コノカタガ、コノバショヲテイキョウシテ
クダサッタ“ジェネルー”サマダ』
うしろを振り返ると……
2m近くはあろうか、大きなヒグマ獣人が立っていた。
茶色の短髪で赤目の鋭い目つきの男だった。
(ヒィィィ……大きくてちょっと怖い)
心結の怯えが伝わったのだろう。
そのヒグマ獣人は申し訳なそうに狼狽えながら
熊耳をピコピコさせて言った。
「お嬢さん、怖がらせてすまない。
ジェネルーと申します。
この度は美味しいロメンパンをたくさんありがとう」
大きな体をなるべく小さく屈めて、おずおずとお辞儀をした。
(ロメンパン50個差し上げた貴族の方かな?
マッチョなボディに熊耳……ちょっと可愛い)
「子供たちが大層喜んだので、また買いにきたんだ」
〈まさか!50匹の子持ち!?〉
心結が目を見開いて驚いているのをみてガレットが笑った。
『オマエ……
マタヘンナカンチガイヲ、シテイルダロウ。
ジェネルーサマハ、コジインヲケイエイシテイラッシャルノダ」
(あぁ!なるほど、納得!)
ホッとしたように胸を撫でおろした。
「俺はまだ独身だが……」
恥ずかしそうに、頬をかいた。
「あっ……その……こちらこそありがとうございます」
(やらかした、いらぬカミングアウトさせてしまった。
なんか申し訳ない……)
二人して恥ずかしそうに笑いながら見つめあった。
怖がらせたお詫びなのかよくわからないが……
残っているロメンパンをすべて買い取ってくださるそうだ。
よし!これで今日持ってきた分はすべて完売だ。
持ち帰り用にパンを包んでいるとガレットが傍に来て
心結の耳元にこっそり囁いた。
『ジェネルーサマハ、キゾクナンダガ……
トテモキサクデナ、オレタチニモフツウニセッシテクレル
アルイミカワッタオカタダ。
コジインケイエイモソウダガ……
ホンギョウハ“ヨウホウカ”ダ』
「養蜂家……、とうことはハチミツが手に入る!!」
(熊だからなの!?
熊さんはハチミツ大好き!!
イメージを守ってくれてありがとう!)
心結は勝手にハチミツ大好き森のくまさんに興奮していた。
「ハチミツがあれば、もっとパンのレパートリーが広がる。
ハチミツを譲ってもらうことは可能かな?」
ガレットは渋い顔をした。
『ドウダロウナ……。
ジェネルーサマノハチミツハ、イッキュヒンダ。
コノクニノジュウヨウナ、ユシュツヒンノヒトツダカラナ。
ムズカシイダロウナ、アキラメロ』
「そうなんだ……」
(なんで国内で消費しないのさ!
地産地消が基本じゃないのか?ええ?
また、あいつか、国王のヒグマが禁止しているのか!
本当に空気読めないな、ヒグマめっ!)
会ったこともない国王を心の中で思いっきり
罵る心結であった。
「それでは、また買いにくるからな。
ガレット、狼のお嬢さん、またな」
両手いっぱいにロメンパン入りの袋をもったジェネルーが
にこやかに帰ろうとしていた。
(ええ~い、ダメもとで言ってみよう)
「あのっ!ジェネルー様。
ハチミツを売っていただくことはできないでしょうか」
『ミユウ!!』
『エエッ!ミユウサマ!?』
周りにいたモンチラ達は耳を疑った。
ガレットに至っては真っ青になって倒れそうだし
さっき説明しただろうがお前!
ムチャすんなと顔がいっていた。
「…………」
ジェネルー自身も目を見開いて固まっている。
まさかそのようなことを言われるとは、思わなかったのだろう。
この国では、完全なる階級社会。
自分より身分の高い者に話しかけるのも
躊躇われていたくらいだ。
それなのに女の身で、商売の話を持ち掛けるなんて……
ないに等しい暴挙だったのである。
(えっ?なにこの雰囲気、私なんかやばい事いった?)
心結はきょとんとしていた。
やがて静かに恐ろしい程低い声でジェネルーは心結に問いかけた。
「なぜ……ハチミツが欲しいのだ?」
ガレットはハラハラしながら心結が、返事をするのを見守っていた。
そんな圧をもろともせず……
なんなら空気をよんでないと思われるほど
とびきり明るい声と笑顔で自信をもって心結は答えた。
「美味しいパンを作って、みんなを笑顔にしたいからです」
「……………!!」
ジェネルーはポカンと口をあけた。
自分の利益のためにではなく、みんなの為か……。
「あと少し本音を言ってしまうと、私自身が美味しい
カステラが食べたいから。
その為にはハチミツが不可欠なんです」
心結は照れ隠しのようにそう付け加えてニッと笑った。
「フ……ハハハハハ、正直だな!お嬢さん。
あなたをそこまで虜にする“カステラ”というものを
俺も食べてみたい」
豪快にジェネルーは笑った。
熊耳も尻尾もピコピコ動いている。
(ジェネルー様は、表情が厳ついけどお耳と尻尾は正直!)
「だって美味しいものは正義でしょ!」
一気にその場の空気が和んだ。
しかしながら返事は……
「残念だが、ハチミツは個人的に売買できない。
国の決まりだ、すまない……」
「そうですか……残念です」
心結はあからさまにシュンとした。
そんな心結をみて心を痛めたのか、ジェネルーは優しく言った。
「よかったら、今度うちの養蜂場に遊びに来ないか」
「本当ですか!是非お邪魔させてください」
ぱぁぁぁぁと目を輝かせて心結は思いっきり頷いた。
行ってもいいよね?いいよね?いいよね!
と同時にガレットに必死に目で訴えてみた。
凶悪顔に凄みをましたガレットが目を剝いていたが
やがて大きな溜息と共に無言で頷いていた。
国が変われば、ルールも変わるのです!!
今回はたまたま無事に丸く収まりました……。
が、ムチャはいけません。
その日、村に帰ってガレットにしこたま怒られたことは
言うまでもないだろう。
『オマエイイカゲン二シロヨ。オレヲコロスキカ』
「大袈裟な!そんな簡単にガレットは死なないでしょ!
一か八かのチャンスだったから……。
どうしてもハチミツが食べたかったんだもん」
『マッタク……』
盛大なため息をつくガレット。
そんな二人の様子をみたガレットの部下たちは思った。
〈やっぱり聖女様……やべぇ〉
〈最強すぎて何もいえない……人型怖い!!〉
更にモンチラの村に新たな伝説を作ってしまう心結なのであった。




